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「・・・・・・・・・寝坊した?俺・・・」

 

 

 

8月15日。

 

 

終戦の朝、越前が目を覚ますと部屋はもぬけの殻だった。

越前以外の布団はすっかり片付けられ、建物全体が静まり返っていた。

 

 

 

 

 

何故今日は号令に気づかなかったのだろう、というか、いつもうるさいほどに起こしてくる大男も今日は何故起こさなかったのだろう・・・

 

そんな疑問を抱きながらも越前は自分の布団を片付けはじめた。

 

 

 

 

 

 

そんなとき、枕の下にある封筒に気がついた。

 

 

「・・・・・・何、コレ。」

 

 

 

 

越前は何の変哲もないそれを拾い上げると、中を開いた。

 

 

「・・・・・・・・・!」

 

 

 

 

越前は、手紙を全部読む前にそれを握り締め裸足のままで外に飛び出した。

 

 

 

全速力で向かう先は、例の広場。

 

 

もう二度と行きたくはなかった、行くことはないだろうと思っていた、あの忌まわしい場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・ハァ、ハァ・・・」

 

 

数分も走ると、越前は筋肉の衰えを全身に感じていた。

 

 

 

思うように体が動かない。

此処に来る前の体なら、これくらいの距離を走るくらい何ともなかったはずだった。

 

 

 

 

(走れこのクソ足!)

 

 

足に”走れ”と命令しているのにも関わらず、越前のスピードはどんどん減速していた。

 

 

骨のように細い足からは何のパワーもみなぎってこない。

越前は自分の足を恨めしく思った。

 

 

 

 

 

「・・・・・・待って・・・待って」

 

 

小石や枝で傷つけられ足の裏からは血が出はじめていたが、越前はそれでも走り続けた。

 

体の痛みなんて、今の越前にとってはどうでもいいことだった。

 

 

 

 

(間に合え間に合え間に合え!)

 

 

越前は、手に持った手紙を一層強く握り締めた。

 

 

越前が状況を理解するにはそれをたった一行を読むだけでよかった。

 

 

 

 

 

越前へ。

今日、俺達は出撃することになった。

 

 

 

 

その一文が、越前の頭の中に何度も何度も響いた。

 

 

同時に、何度も何度も手塚と不二の顔が交互に浮かんだ。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・っ・・・」

 

 

足が悲鳴をあげている。

 

スピードなんて歩くに等しいほどだったが、それでも走るのをやめるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

「何でっ・・・・・・!」

 

越前は走りながら涙を流した。

 

 

 

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「手塚。・・・・・・・・・本当にあれでよかったの?」

 

「・・・ああ。」

 

 

 

その頃、手塚と不二は既に飛行機に乗り込んでいた。

 

 

二人は昨日大男に、不二の出撃の許可と、越前に気づかれないように出撃したいという旨を伝えた。

 

大男は快諾し、不二の飛行機はすぐに手配され、今不二と手塚は越前以外の青年たちに見送られて出撃しようとしていた。

 

 

 

 

 

「終わり・・・・・・なんだよね、今日で」

 

「ああ」

 

 

 

頷く手塚の横顔からふと視線を落としたとき、不二はあることに気がついた。

 

 

 

「!手塚・・・・・・手・・・」

 

「・・・・・・ああ。さっきから止まらないんだ」

 

 

手塚の手は小刻みに震えていた。

手塚は不二に指摘されると、震える手を押さえ込もうとした。

 

 

 

 

不二はそんな手塚を見るとふっと笑みをもらした。

 

 

 

「何がおかしいんだ」

「ふふ、ごめん」

 

手塚が少しムッとして不二を睨んだが、不二は謝りつつも微笑んだままだった。

 

 

 

 

(手塚でも・・・・・・同じなんだ)

 

不二の手も、小刻みに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

出撃命令が下ったのはそんな時だった。

 

 

「行くぞ、不二。」

 

 

手塚の言葉に、不二も先ほどまでの笑みを消しエンジンを入れた。

 

そして二つの機体は大きな音を立てて少しずつ浮かび上がった。

 

 

 

少し先を行く不二の機体の後ろで、手塚は建物の方に視線を向けた。

 

広がる森はどこまでも平和に見え、自分が今から死にに行くという実感が手塚にはわかなかった。

 

 

 

 

 

小さな少年のようなものが見えたのは、その時だった。

 

 

 

 

少年は必死に何かを叫んでいた。

 

 

手塚はその少年をもっとしっかり見ようとしたが、どんどん上昇する機体のせいで逆に少年はどんどん見えなくなっていく。

手塚は精一杯身を乗り出したが操縦する手を離すわけにはいかず、このまま少年を見逃してしまうように思った。

 

 

 

しかし、そんな時、風に乗って突然少年の声が手塚の耳に届いた。

 

 

 

 

「・・・・・・づか・・・・・・ぶちょう!」

 

 

 

部長。

 

手塚部長。

 

 

 

確かに少年はそう言った。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・越前!」

 

 

手塚は一瞬操縦も忘れ大きく振り返った。

 

だが、越前らしき少年の姿は豆粒程度になり、どんなに目を凝らしても見えず、その声も届くことはなかった。

 

 

 

 

 

「手塚!!危ない!」

 

突如下降した手塚の機体に気づいた不二の叫びで、手塚は我に返った。

 

 

 

「あ、ああ・・・・・・すまない」

 

手塚は前を向くと操縦に気を戻した。

 

 

 

不二は手塚が操縦するのを見止めると、「危ないから、気を抜いちゃ駄目だよ」と一言注意し、体を前に戻した。

 

 

 

 

「ああ。気をつける」

 

冷静に答えた手塚だったが、その表情は上の空だった。

 

 

 

 

 

 

手塚の脳裏には先ほどの越前の姿が焼き付いて離れなかった。

 

 

表情なんて見えなかったはずなのに。

 

涙をいっぱいに浮かべた越前が、手塚の頭に浮かび上がってくる。

 

 

 

「越前・・・すまない・・・・・・」

 

 

手塚の頬を、涙が伝った。

 

 

 

 

 

「本当に・・・・・・すまない・・・!」

 

 

その謝罪が越前に届くはずもなく、手塚の言葉は虚しく青空へとかき消されていった―――

 

 

 

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「・・・・・・・・・ハァハァ・・・着いた・・・」

 

 

越前が広場に到着したとき、二機の飛行機は丁度離陸したところだった。

 

 

 

 

「!!」

 

 

”間に合わなかった”

”止めることができなかった”

 

 

ただそれだけの思いで、越前の胸は張り裂けそうになった。

 

 

 

 

 

 

(行かないで!行かないで!)

 

 

そんな越前の思いとは裏腹に機体はどんどん上昇していく。

 

 

 

 

 

「っ・・・・・・手塚部長!不二先輩!」

 

届かないと知りつつも越前は二人の名前を叫んだ。

 

 

 

 

そんな時。

 

 

 

一瞬。

 

 

ほんの一瞬だけれど。

 

 

 

 

 

越前は、手塚と目が合ったように感じた――

 

 

 

 

 

 

その瞬間涙が溢れ出してきたが、越前は堪えてただ手塚の名前を叫んだ。

 

 

 

「・・・・・・部長!手塚部長!」

 

 

声に出して名前を叫ぶと、一層涙が溢れ出した。

 

その時手塚の機体が突如ガクンと下がったが、それも一瞬の事で、機体はすぐに上昇しやがて見えなくなった。

 

 

 

 

 

「部長ーーーーっ!!」

 

 

 

 

広場に越前の悲痛の叫びが木霊した。

 

しかし、それは決して当人に届くことはなく、青空へと吸い込まれていった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、無数の命が海に消え、

 

数時間後、戦争は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

そして終戦が告げられたとき、越前リョーマの姿はどこにもなかった―――

 

 

 

 

 

これほどの悲しみを

どう表現すればいいのかな

胸がはりさけそうだよ

大切なものを奪ってく空なんて

なくなっちゃえばいいのに

 

 

 









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