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乾のノートを発見してから3日。

終戦は明後日に近づいていたが、3人の生活は落ち着くどころではなかった。

 

原爆投下以来、ますます戦争は激化し、空襲も酷いときは1日に二回も三回も起こった。

そして何より捨て身となった日本軍の命令により、一日の出撃の人数が急増された。

 

 

 

次々に出撃していく周りの青年たちを、3人は虚ろな瞳で見送った。

 

 

 

奇跡的にもこの3日、3人は出撃に指名されることはなかった。

が、それもそのはず、不二と越前は元より戦力外グループに入れられている。

出撃に指名される可能性があるとすればそれは手塚だが、今のところまだその命令は下っていなかった。

 

だがこのまま逃げ切れるのかどうか、それは誰にも解らなかった―――

 

 

 

 

「手塚部長・・・・・・」

「何だ?越前」

越前はすっかり痩せてしまった体を震わせ、半ば上の空で尋ねた。

 

越前の衰弱っぷりは他の二人の比ではなかった。

頬が痩せこけた越前からは以前の健康そうな生意気な少年の面影は見られない。

 

 

この時の日本は言うまでもなく貧しかった。

よってこの建物に政府から支給される食事の量も目に見えて減っていた。

 

特に、戦力外グループの不二や越前の食事は酷かった。

お粥とも呼べないような、米が2・3粒ほどの流動食。

手塚は越前に自分の食事を食べるよう薦めたが、越前は断固それを拒否していた。

 

訓練などもできるはずがなく、越前の筋肉はかなり落ちてしまっていた。

最近では空襲で逃げまとい、夜も満足に眠れず神経をすり減らす日々。

 

―――今まで裕福な暮らしをしてきた越前には辛すぎる生活だった。

 

 

 

「今・・・・・・・・・何日っすか」

「13日だよ。越前」

不二は越前に優しい微笑みを向けた。

 

”その質問はもう今日で4度目だよ”

とは不二は言わなかった。

 

 

「・・・・・・あと・・・2日・・・・・・だよね」

「ああ」

 

「明後日・・・・・・だよね?帰れるんだよね?」

「そうだよ」

 

手塚と不二は、越前の姿を見て顔を歪めた。

あまりに残酷な後輩の姿を、二人は直視することができなかった。

 

 

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「手塚。出撃だ。」

 

 

 

(来た)

 

大男に呼び出された時点で、手塚はその言葉が来ることが解っていた。

そして手塚はどこかでその言葉を望んでいた。

 

出撃の日付は皮肉なことにも15日。

あと1日でもズレていれば―――と思わないこともなかったが、”これはこれで運命なのかもしれない”と、手塚は現実を受け止めた。

 

 

手塚は大男と少し言葉を交わすと部屋を出た。

 

 

 

部長としての責任を、手塚は重く感じていた。

 

今まで何の対策もできず仲間の死をただ傍観していただけだった。

乾に全てを任せっきりにして、自分は結局何もできていなかった。

 

 

一時は出撃した仲間の夢を背負ってまた青学でやり直そうと思った。

だが、もうそんなことでは済まないくらいに事態は大事になっていることを手塚は全身に感じていた。

 

 

(不二、越前・・・・・・すまない。)

 

 

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「手塚!」

「不二」

 

部屋に戻ろうとした手塚を引き止めたのは不二だった。

 

 

「越前はどうした?」

「疲れて寝ちゃったみたいだよ」

 

不二は一瞬表情を和らげたが、すぐに鋭い目で手塚を見据えた。

 

「で、何言われたの?」

 

 

手塚は不二と目線を合わせたまま、心の中でため息をついた。

この不二の目は、なかなか厄介だ。

 

 

 

隠していても、どうせバレるだろう。

それに―――不二には任せたいことがたくさんある。

 

手塚はそう思って打ち明けた。

 

 

 

「俺に出撃命令が出た」

「!」

 

不二は覚悟はしていたはずだったが、実際に手塚の口から聞いた衝撃は大きかったらしく大きく目を見開いた。

 

 

 

「・・・・・・いつ?」

「明後日だ。」

「・・・明後日?」

「ああ」

 

「・・・・・・終戦日じゃない」

「ああ」

 

不二は、手塚の心を探ろうとしたが、淡々と受け答えをする手塚からは何も読み取れなかった。

 

 

 

 

「どうするの・・・?」

 

(行かないで)

そんな思いを込めながら、不二は聞いた。

 

 

 

「・・・・・・・・・俺は、行く」

手塚はそんな不二から目を逸らして言った。

 

「・・・え?」

「俺には、部長としての責任がある」

「・・・・・・何、言ってるの?」

 

 

言いながら、不二の目からはじわりと涙が出てきた。

手塚はそんな不二を見て頭を下げた。

 

 

「すまない。不二」

「・・・・・・何で?明後日だったら、その日さえ逃げきれば、帰れるんだよ?」

 

 

「・・・・・・・・・」

問い詰める不二に、手塚は頭を上げようとはせずただ沈黙していた。

 

 

 

「何で?!どうしてわざわざ死ににいくようなことするんだよ!」

「・・・・・・・・・俺は、決めていたんだ。あいつ等が最後に見た世界を見ておきたい」

 

そこで手塚は不二の目を見据えた。

不二はそれを見て一瞬怯んだが、半ば叫ぶような形で言った。

 

 

「・・・っ!残された人の気持ち、手塚には解るでしょ?!ちょっとは僕と越前のことも考えなよ!」

 

不二の目からはとめどなく涙が溢れ出していた。

 

 

それは、今更自分が何を言ったところで手塚の結論が覆ることはない、ということが不二には解っていたから。

どうにもできない、それが不二には辛かった。

 

 

 

 

手塚は顔を歪め、再び頭を下げた。

 

「本当に・・・・・・すまない・・・不二。」

「・・・・・・」

 

「俺さえしっかりしていれば・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

手塚は、頭を下げたまま沈黙の不二に言った。

 

 

 

「お前には・・・・・・・・・越前と、青学を頼みたい・・・」

 

じわりと涙が滲むのを手塚は感じた。

 

 

辺りにしばらくの沈黙が訪れた。

頭を下げた手塚と、それをどこか冷めた目線で見下ろす不二。

 

その光景は何ともいえない異様な空気を放っていた。

 

 

だから、その長い沈黙を破って発せられた不二の言葉はやけにその場に凛と響いた。

 

 

 

 

「僕も行くよ」

 

 

 

「?!それは・・・」

「駄目だなんて言わせないよ」

 

思わず顔を上げた手塚の視線と不二の視線がぶつかった。

その目は、有無を言わせない不二の厄介な目だった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

手塚は俯いた。

自分勝手な理由で出撃を決意した手塚だったから、何も言い返す言葉がなかった。

 

 

 

 

「僕も行かせて。じゃなきゃ、手塚も行かせない。」

 

不二は俯く手塚に、畳み掛けるように言った。

 

 

 

理不尽なことを言っているのは不二には解っていた。

手塚に自分の申し出が断れないことも。

 

 

 

そして、それによって一番苦しむのが誰なのかも。

 

 

 

 

 

「僕は、全部解ってて言ってるんだ」

 

 

手塚の頭からは、言葉が出てこなかった。

 

頭ごなしに駄目だと押さえつけることもできた。

否、それをしたかった。

 

だが。

 

 

 

 

「手塚が駄目だって言っても、僕は勝手に行くから」

 

 

不二のその言葉が、止めだった。

 

 

 

 

 

 

越前は、部屋の外の騒動には気づかず、子供のように寝息を立てていた―――

 

 

 

 

 

 

 

置いていかないで

ただその一心で

手を伸ばした

代償なら承知の上

 

 

 









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