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それは、彼等が戦うことを決めた数日後のことだった。

 

 

 

 

飛行機の点検をしていた忍足に、一人の上官が話しかけてきた。

 

「Hey,you」

「・・・・・・?何ですか?」

 

 

上官の話は、日本軍の偵察をしてきてくれ、ということだった。

日本人である忍足なら神風特攻隊に紛れ込んでも怪しまれない、と思ったのだろう。

 

忍足は氷帝のジャージに着替えさせられ、すぐに出発させられた。

 

 

*****

 

 

偵察先の日本に着くと、忍足は驚いた。

アメリカに比べて、なんと貧しいんだと。

 

掘っ立て小屋のような場所に青年達がたくさん集めさせられ、汗水たらして働いている。

その光景は当時の貧しい日本を象徴していて、忍足は昔の青年達に少し同情した。

 

こんな青年達が、あの飛行機に乗っているんだな・・・と思うと忍足は自分たちがしている事の重みを改めて感じた。

 

 

 

だが、それ以上に驚いたことがあった。

 

 

 

 

「忍足さん・・・・・・?」

 

名前を呼ばれ振り向くと、見慣れた後姿、ツンツンとしたヘアースタイル。

 

 

「桃城・・・・・・?お前、何でこんなトコにおるんや」

そう、それは紛れもなく、テニスの試合で何度もぶつかった相手―――青春学園の桃城武だった。

 

 

「忍足さんこそ、どうして」

目を丸くしていた二人だったが、忍足はそのとき胸に嫌なざわつきを覚えた。

何故そんな気持ちになったのかは桃城が次に発した言葉で簡単に解ってしまったのだが。

 

 

 

「俺・・・俺だけじゃなくて、部長とか先輩全員なんすけど。何故かこの時代に来ちゃったみたいで・・・・・・その、特攻隊にされちゃったんです。」

 

その言葉を聞いた途端、忍足の脳裏を様々な映像がよぎった。

飛行機で下の船を目指して突進してくる奴等―――それを上から狙う自分たち・・・・・・

そして飛行機の窓からわずかに覗く少年のあどけない顔に浮かぶ恐怖の色、少年が身につけていた服・・・

 

(桃城の服と一緒や!)

 

 

そこで、忍足は青学が置かれた状況を理解してしまった。

だが、否定してほしい・・・・・・そんな祈りを込めて言葉を発した。

喉は、からからだった。

 

 

「・・・全員?特攻隊て・・・・・・あの飛行機で突進する奴らか?」

 

 

(嘘やって言ってくれ)

忍足は願った。

 

 

(否定してくれ・・・・・・そうやないと)

 

 

「はい・・・・・・それで、タカさんが、もう・・・」

 

しかし、桃城から発せられた言葉はイエス。

そして、それ以上に残酷な現実が忍足に突きつけられた。

 

 

「河村が?」

「今日、出撃しました」

 

 

 

(今日やて?)

 

忍足は必死に混乱する頭から記憶を手繰りよせた。

 

 

(!・・・・・・樺地と、岳人やんか・・・)

 

 

 

忍足はよく覚えていた。

パートナーである向日が初出撃とあって、怯えて自分に頼ってきたこと、樺地に向日を任せてきたこと―――

 

 

樺地か向日が、知らなかったとはいえ河村を殺したことになる・・・・・・

 

 

忍足も自分と変わらない年齢の青年の命を奪うことにもちろん罪悪感を感じてはいたが、

”所詮顔も見えない昔の人。自分たちの時代にもう生きてはいないから関係ない”

という気持ちをどこかに感じていた。

 

 

だからこそ、こういう決断が出来て乗り越える決意ができたのだ。

 

 

 

 

 

 

だが、それが青学が相手となると話は別だ。

 

 

 

(このコトを、樺地や岳人が知ったらどうなる・・・・・・?)

 

純朴な樺地は、罪の意識に苛まれるに違いない。

単純なところのある岳人は、壊れてしまうかもしれない。

 

 

 

 

忍足は、そんなことを桃城との間に続く沈黙の中に考えた。

 

 

 

 

そして、それだけでは飽き足りず更なる考えが忍足の頭に浮かんだ。

否、考えたのではなく彼の脳から勝手に出てきた思いだった。

 

 

 

それは、氷帝の仲間に対する、彼の強い思いが引き起こしたものだった。

彼は頭にとりつくその嫌な”考え”を取り払おうとした。

 

 

隣りの部屋から”声”が聞こえたのは、そんなときだった。

 

 

 

「ああ、それとな」

「・・・何でしょう」

 

 

忍足は声を発する桃城の口を塞ぐと、その声に全神経を集中させた。

妙に冷静に見える忍足の頭の中は、見た目とは裏腹にぐちゃぐちゃだった。

 

 

 

「次の出撃予定者に、海堂薫、桃城武が入った。あいつ等はまだ若いから、パワーに期待していると伝えてくれ。」

「・・・・・・!!!!」

「出撃の日付はまだ決まっていないが、近いうちだろう」

「・・・・・・失礼します」

 

 

そして、その言葉を聞いた途端、忍足の中の何かが弾けた。

 

 

忍足の頭の中は、先ほどよぎった嫌な”考え”で埋め尽くされた。

 

 

 

「桃城。今の、聞いたか?」

(こいつらが生きて返ったら岳人や樺地は自分たちのした事に嫌でも気づいてまう・・・・・・)

 

 

 

「どないするんや」

(せやけど。)

 

 

 

 

「桃城海堂。自分ら、ここで出撃せんかったらどうなるかわかっとるんか?」

(こいつらが出撃すれば・・・・・・青学が、全員死ねば・・・)

 

 

最低な考えだとは忍足自身も解っていた。

現に桃城と海堂に死を勧告するような言葉がつらつら出てくる自分に腹を立てていたのも他ならぬ忍足自身だった。

 

 

 

「俺はジブンらに出撃勧めてるわけやない。せやけど、ジブンらが出撃せんかったら一体誰が出撃する?考えてみ。それから出した答えやったら俺は何も言わん。」

(・・・・・・そしたら、岳人や樺地は、その事実を知らんで済む。)

 

 

「終戦まであと15日かそこらや。せやけど、それまで全員が逃げ切れる可能性は・・・・・・ない。それだけは理解しとき」

(堪忍、桃城。海堂。俺は・・・)

 

 

 

「しばらくはこの建物の裏あたりにでも居とくわ。他のメンバーに俺のことは言わんといてや、絶対混乱すると思うしな。」

(俺は、自分がどれだけ悪役になっても、あいつ等だけは守りたい・・・)

 

 

 

 

 

「出撃することにしました」

 

 

そのときの声が今も忍足から離れない。

自分が取り返しのつかないことをしてしまったということは解っていた。

 

ここで青学を見たことは誰にも言わない、そう決めて忍足はアメリカへと飛び立った。

 

 

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忍足侑士は、眼鏡を外しその下の目の涙を拭った。

 

 

 

忍足は、どうしようもなく自分の無力さを感じていた。

 

 

鳳を殺したのは、おそらく乾。

 

いつか乾が出撃してくるだろう、と解っていたはずなのに。

乾の性格上このような攻撃を仕掛けてくることは予測できたはずだったのに。

 

 

(結局、俺は青学と氷帝の命を天秤にかけたくせに、その守りたかった命すら守れんかった――)

 

 

忍足は、メンバーに見つからないように小屋の外でこっそりと泣くことしかできなかった。

 

 

 

 

「ホンマに、最低や・・・・・・」

「あん?誰が最低なんだよ」

 

突如誰もいないはずの小屋の外に、凛とした声が響いた。

 

 

 

「跡部・・・」

「気持ち悪ぃツラしやがって。」

 

 

跡部はチッと舌打ちをすると「拭け。汚ねぇ」と、高級そうなハンカチを忍足に差し出した。

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

「お前、何か知ってんだろ」

「・・・・・・!」

 

 

「その様子じゃ、そろそろ隠してるのも限界だろ」

「・・・・・・知らん」

 

 

忍足は跡部から顔をそむけた。

跡部の瞳を見れば、負けてしまうことは解っていた。

 

 

 

「いいから話せ」

「・・・・・・せやから、何も知らん」

 

 

 

 

跡部はふーっとため息をつくと言った。

 

 

 

「ジローが死んだ。」

 

「・・・・・・・・・!?」

 

 

 

 

思わず振り向いた忍足と跡部の目がバッチリ合った。

 

 

「ばーか、仮にも『天才』がこんなんにひっかかんな。」

「・・・・・・・・・」

 

 

跡部の深いブルーの瞳は、忍足を捉えて離さなかった。

「・・・・・・お前の負けだ。話せ。」

 

 

(・・・かなわんなあ、跡部には。)

 

 

 

 

こんな状況でシャレにならないブラックジョークを言ってのけるところ。

さりげなくハンカチを差し出せるところ。

 

全てが忍足には真似できないところだった。

 

 

 

 

「・・・・・・聞いてから、後悔しても知らんで」

 

「後悔ってのは自分に自信がないやつがするモンなんだよ」

 

 

 

ニヤリ、と口角を上げた跡部に、忍足は全てを打ち明けることを決意した。

 

 

 

 

 

 

神様

俺の選択は間違っていませんか?

俺は正しい道を歩けていますか?

 

一人で背負うには重すぎた。

 

 

 









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