FILE17

 

 

 

乾の姿が見当たらない。

その事実に気づいた途端青年達は飛行機の捜索をやめ訓練に戻ったが、手塚と不二と越前だけはしぶとく森や建物の周りを探し続けた。

 

 

 

3人は行方不明の乾と無くなった飛行機が結びつくとは思えなかった。

否、思いたくなかった。

 

3人は頭に取りつく嫌な考えを振り払うように捜査を続けた。

 

 

 

青年達はそんな3人の姿に哀れみの視線を向けた。

大男も今日ばかりは何も言わなかった。

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

「長太郎が・・・・・・!?死んだ!?どういうことだよ!」

「宍戸。落ち着け。」

 

 

向日の言葉を聞いて向日に掴みかかる勢いの宍戸を跡部が一喝した。

 

いきなり告げられたパートナーの”死”。

その言葉に彼の思考回路は追いつかなかったのだろう。

 

宍戸はその声に冷静さを取り戻したらしく、何も言わずに引き下がった。

 

 

 

向日はそんな宍戸を数秒見つめると深く頭を下げた。

 

「ごめん!俺・・・・・・気づいたらこうなってて・・・何もできなかった・・・・・・」

 

 

頭を下げた向日と、それに戸惑う宍戸。

気まずい空気にしばらくの沈黙が流れた。

 

 

 

 

 

「岳人、説明しろ」

 

跡部の声に、向日は顔を上げた。

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

何時間探し続けたのだろうか―――朝日が照りつけていたはずが、もうすっかり陽はのぼり真昼のぎらぎらとした太陽が3人を容赦なく照りつける。

 

 

3人の額からは汗が止め処なく流れ出している。

この炎天下を数時間に及んで太陽に身を晒していたら当然のことなのだが。

 

 

 

 

「・・・・・・不二。越前。このままでは日射病になりかねない。一度部屋に戻ろう」

 

手塚の提案に越前は顔をあげた。

 

 

 

「日射病?・・・・・・そんなのどうでもいいじゃないスか、それより乾先輩を―――

「越前。君もこの暑さで体力をかなり消耗している。それより陽が沈むのを待って体力を回復してからもう一度調査しよう。その方が効率的だし。…手塚。そういうことだよね?」

 

不二はそう言って越前と手塚を見た。

 

 

 

 

「・・・・・・ああ」

 

「・・・わかったっス」

越前もしぶしぶ納得し、3人は部屋へと向かった。

 

 

------------------------------------------------------

 

 

「今日の担当俺と長太郎だったんだけど、長太郎が先に出発したんだ。」

 

 

向日が話しだすと、元から静かだった部屋が更に静まり返った。

一人一人の呼吸の音までが音となって部屋に響く。

 

 

 

「で・・・・・・さ、いつもは、日本軍?・・・あいつ等、下の船に真っ直ぐ攻撃しにいくじゃん」

向日は記憶を手繰り寄せながら、一つ一つ言葉を選んで話した。

 

 

 

 

「だけど、俺もよく見えなかったんだけど、あの時、一台の飛行機が、上に急上昇してきたんだ」

 

全員が唾を飲んだ。

忍足が苦い顔をしたが、誰も気づきはしなかった。

 

 

 

 

「避けきれねぇ、って思った。案の定、そいつは長太郎の機体に向かって突進してきて…爆発した。」

 

 

向日は一旦全員の顔を見ると、言葉を付けたした。

「・・・・・・そんで、2台とも墜落したよ。」

 

 

「・・・んだよソレ。相手はこっち巻き込んで死ぬ覚悟だったってことかよ」

宍戸の声には怒りか、それとも悲しみのせいか震えていた。

 

 

あまりに急なパートナーの死。

その悲しみをぶつけるところを彼は知らなかった。

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

3人が部屋に入った途端、そこに無造作に置かれたノートが目に入った。

表紙には、『データノート:まとめ用』と書いてある。

 

 

「乾の・・・・・・ノートだね」

不二が床にぽつんと置かれたそれを持ち上げた。

 

 

「・・・ああ。」

相槌を打ったものの、手塚の視線はその何の変哲もない大学ノートに注がれたまま動かない。

 

 

「開けて・・・・・・みるっすか?」

越前は、それっきり黙り込んでしまった先輩たちを見て言った。

 

 

「・・・・・・・・・」

二人の沈黙は、イエスと告げていた。

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

沈黙した場の緊張を解いたのは、跡部だった。

跡部はその深いブルーの瞳で向日を真っ直ぐに見据えると、言った。

 

「そいつの顔は、見てねえのか。」

「・・・・・・ごめん。俺、ホントわけわかんなくて。今だって、長太郎が死んだだなんて思えなくてさ・・・」

 

向日はそこまで言うとうなだれた。

 

 

 

「死体すらねぇのに、納得なんてできっかよ・・・・・・・・・クソッ!あいつ等・・・」

 

宍戸の目から、涙が流れた。

きっと無意識のうちの涙だったのだろう、彼はそれを拭おうともしなかった。

 

 

忍足は、そんな宍戸の様子をじっと見つめていた―――

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

ノートを開くと、そこは乾のけっして綺麗とは言えない字でびっしりと埋め尽くされていた。

 

 

 

7月25日 おそらく今日は7月25日なのだろうという推測でこれを書く。

 

 

 

乾のノートはこんな書き出しで始まった。

3人は乾がこんなものを書いていたのか、と驚きつつもページをめくった。

 

 

 

7月26日
今日河村が出撃した。
早い。あまりにも早すぎる。
もう少しの時間があれば何か対策が練れたのだが…否、俺の力不足か。
もっと視野を広げていろいろなケースを計算しなくては。

 

 

そこには、今までの仲間の出撃を見送った乾の心境がまざまざと記録されていた。

ノートのページは、ところどころ涙で滲んでいた。

 

 

 

7月27日
予想外の出来事だ、どうしてこんな間違いが起きたのかわからない。
俺のミスであいつ等の出撃を早めてしまったのかもしれない。
俺はどうすればいい?
もう、わからない。

 

 

 

そこで一度、ノートには何日かの空欄があった。

いや、書こうとしていた形跡はあったもののいずれもペンで上からぐしゃぐしゃに消されていた。

 

そして再開されたノートの書き出しは、こうだった。

 

 

 

7月31日
ついに海堂と桃城が出撃してしまった。
まぎれもない俺の計算ミスだ。
あいつ等の死を、無駄にしたりはしない。
俺は必ず復讐する。

 

 

 

3人はノートから目を離すことができなかった。

乾の異常なまでの責任感、青学への思い、仲間を思う気持ち・・・・・・それらが拙い文面から溢れ出ていた。

 

 

 

8月9日
今日大石が出撃した。
そして菊丸も死んだ。
本当はこんなことは書きたくない、しかし俺にはこれを記録として書き留めておく義務がある。
俺は今まで何をしていたんだ。
大石の出撃は明らかに俺の身代わりだ。
俺はまたもや、自分のせいで仲間を二人も失った。
これ以上仲間を失うわけにはいかない。
そろそろ俺は行動を起こすべきではないだろうか

 

 

そこで、乾の日記はプツリと途絶えた。

 

 

 

 

「・・・・・・ねえ、今日は何日・・・?」

越前の声に、上の空だった不二と手塚は我に返った。

 

「あ、ああ、8月10日だ。」

 

手塚が答えると、不二はぽつんと呟いた。

 

 

「乾の日記は昨日で終わってる・・・」

 

その言葉がどういうことを表しているのかは手塚も越前もわかっていた。

 

消えた飛行機。

乾のノート。

そこに綴られた乾の思い。

 

 

それら全てが、3人の脳内で繋がってしまった。

 

 

 

「ねえ・・・・・・ここの”復讐”ってまさか」

「まだ決まったわけじゃない!」

 

震える声で越前が発した言葉を遮ったのは意外にも手塚だった。

 

 

 

 

「乾は・・・・・・死なない。アイツは、死んだりしない。」

 

手塚のこんなところを見るのは初めてで、不二と越前は絶句した。

 

 

手塚は自分たちが確信してしまった結論を覆す証拠を探すように白紙の乾のノートのページをめくり始めた。

その光景を不二と越前は、ただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

「!」

あるところで、ページをめくる手塚の手が止まった。

手塚の視線は、そのページに釘付けになっていた。

 

 

「・・・・・・どうしたの?手塚。」

「・・・・・・」

 

手塚は、無言でノートを不二と越前に差し出した。

その頬には涙が伝っていた。

 

 

そのページを見て、二人は絶句した。

「!」

「・・・・・・・・・乾、先輩」

 

 

 

8月10日
これは最後の日記になるだろう。
手塚、不二、越前。今俺はお前達のすぐ隣りでこれを書いている。
だが、お前達がこれを読む頃には俺はもう全てを終えているだろう。
まず謝ろう、勝手にいなくなってしまって、すまない。

俺は、どうしてもアメリカ軍が許せない。
誰が何を言おうと河村、海堂、桃城、大石、菊丸・・・
あいつらの顔を思い浮かべるだけで、あいつらの命を奪った奴等への憎悪の気持ちが沸いてくる。
だから俺は今日、飛行機を盗んで一人で出撃する。
俺が考えている具体的な内容は言えない。
復讐などという醜いことをするのは俺だけでいいからだ。
だから俺の後を追うなんてことは絶対にしないでくれ。
出撃した俺が言うのも何だが、”出撃は無駄死”だ。

こんな形にはなってしまったが、俺はお前達にちゃんとさよならの言葉を言いたい。

 

手塚。
こんな無責任な形で行ってしまってすまない。
ちゃんとした後片付けをする余裕がなかった。
不二と越前と、帰ってからの青学はお前が支えてくれ。
こんな言葉では書きつくせないが、3年間、本当にありがとう。
お前ならこれだけでわかってくれることと思う。

不二。
「考えていること、何でも話してくれ」と言ってくれていたのに秘密にしていてすまない。
これだけは一人でこっそりと実行したかった。
不二との時間は実に有意義なものだった。
結局最後まで正確なデータを取らせてくれなかったね。
欲を言えばもう一度対戦したかった。
これからは手塚をサポートしてやってくれ。

越前。
お前は俺のようにはならないでほしい。
俺のことは悪い例としてでも頭に刻んでおいてくれ。
俺の配慮が足りないせいで、後輩のお前にまでいろいろと負担をかけてすまない。
手塚と不二が引退した後のテニス部はお前が支えることになる。
お前ならできる。頑張れ。

 

長々と書いたが、もうすぐ予定していた時間になるからこの辺りで筆を置く。
最後まで迷惑をかけてすまない。ありがとう。
お前達と夢を追いかけた時間、とても楽しかった。

 

乾貞治

 

 

 

「・・・・・・・・・ハハ、乾ってば・・・謝ってばっかじゃない・・・」

「・・・・・・・・・乾先輩っ・・・・・・なんでっ」

 

ノートを読み終えた二人の瞳からも涙がとめどなく溢れ出ていた。

 

 

その日、小さな部屋から3人の泣き声が止むことはなかった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして

どうして

君が死ななくちゃいけなかったんだろう

そんなことばかりを考える

 

 

 

 









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送