FILE15

 

 

 

それはプレハブ小屋のような貧相な建物だった。

 

 

一人の少年が、全速力でその小屋へ走っていた。

少年は、おかっぱ頭にワインレッドという奇抜な髪で、小柄な体格をしていた。

 

 

 

バンッ!

 

少年が小屋の扉を開けると同時に、とてつもない振動が小屋全体に広がり中に居た3人の少年は顔をしかめた。

 

 

「うるせーぞ、岳人。ったく鼓膜が破れるかと思ったぜ」

帽子を被った少年があまりの五月蝿さに注意をしたが、扉を開けた少年――彼こそが氷帝学園3年・向日岳人なのだが――は謝らなかった。

 

向日の表情は、顔面蒼白だった。

帽子を被った少年・・・・・・同じく氷帝学園3年・宍戸亮はそれに気づかず、向日の態度に眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「岳人。いっぺん落ち着き。顔真っ青やん」

青みがかった髪に、丸眼鏡をかけた氷帝学園3年・忍足侑士が向日の異変に気づき、向日の背中をぽんぽんと叩いた。

彼は向日のダブルスパートナーだった。

 

 

「・・・・・・・・・ハァッ・・・・・・ハァ・・・」

向日は全力疾走したことで息切れしたのもあるが、かなりの興奮状態だった。

その様子を静かに見守っていた氷帝学園2年・樺地崇弘はさりげなく持っていたタオルを差し出した。

忍足はそれを受け取ると向日の額の汗を拭き、小さな声で一言二言声をかけた。

 

 

宍戸はその様子に、罰が悪そうに咳払いをした。

「あー・・・・・・なあ、岳人。そういや長太郎はどうしたんだよ?」

 

 

「!」

 

 

宍戸の言葉を聞いた瞬間、ドク ドク ドク と向日の心臓の音が速くなるのが、近くにいた忍足に伝わった。

 

 

「・・・・・・・・・っ」

向日は何かを言おうとしているようだったが、喉からは掠れた音しか出なかった。

向日の額を先ほどとは別種の、ねっとりとした汗が伝った。

 

 

「岳人。無理しんでええで?何があったんか知らんけど、ちょお休んだ方がええわ。」

忍足が向日の肩を抱いて別室へ移ろうとしたが、向日は弱弱しくではあるが忍足の腕を振り払った。

 

 

「俺・・・・・・皆に・・・話しときたいことがあるんだ」

 

向日は何とかそれだけ言い切った。

忍足は向日の瞳を数秒見つめると、身を翻して一人別室へ向かった。

 

 

 

 

「オイ、どこ行くんだよ」

宍戸が思わず呼び止めると、忍足はなんともいえない表情を浮かべた。

 

 

 

「跡部呼んでくるわ。向こうでジローの様子見てるみたいやし。」

 

忍足はそう言うと扉の向こうへ消えた。

そのとき、誰も気づかなかったが忍足の手には強く握りすぎた爪の跡が残り血が出ていた。

 

 

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氷帝学園。

日本一の金持ち学校と呼ばれる学校。

彼らもまた、青学と同じく全国レベルの実力を持つテニス部員だった。

 

部長の跡部景吾、ダブルス2の忍足侑士・向日岳人、ダブルス1の宍戸亮・鳳長太郎、シングルス3の芥川慈郎、シングルス2の樺地崇弘。

彼らは青学と同じく、レギュラーだけで合宿中だった。

そして運の悪いことにふとした出来事で彼らもこの時代へトリップしてしまったのだった。

 

彼らもまた、かつてのテニス部ジャージではなく、緑がかった軍服を着用していた。

 

 

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「呼んできたで、跡部とジロー。」

 

 氷帝学園3年・跡部景吾が同じく氷帝学園3年・芥川慈郎をおぶって姿を現したのはそれから数分後のことだった。

 忍足の目から見ても、樺地と宍戸に付き添われた向日の様子は幾分落ち着いているように見えた。

 

向日はまず跡部の背中の上のジローに視線をあわせ、それから跡部の姿を確認した。

 

 

跡部はいつもの表情で向日をじっと見つめていた。

 

芥川は、焦点が合わない虚ろな表情をしていた。

だがそれは以前のような眠気のせいではないと向日は知っていた。

芥川の足には包帯がぐるぐると巻かれていて、血で赤く染まっていた。

向日はいつも芥川の足を見るたび目をそむけたくなる衝動にかられるのだった。

 

跡部が芥川をゆっくりと床に降ろすと芥川は低いうめき声をあげた。

 

 

「オイ、ジロー。大丈夫か?」

咄嗟に宍戸が声をかけると、芥川は笑顔を浮かべ、「大丈夫・・・」と言った。

その笑顔は果てしなく儚く弱弱しいものだったが、以前の・いつもの芥川の笑顔だった。

 

 

大丈夫じゃねぇだろ、と宍戸は心の中で呟いた。

 

芥川の足の出血は幾日か経った今でも未だに止まらない。

此処には満足な治療道具もないし、このまま放っておけば出血多量で意識がなくなる・・・・・・死に至る可能性だってあるのだ。

 

だが、そんな状態だというのにこんな笑顔を作れるコイツは

 

(強いな。)

 

宍戸は痛みに耐える芥川の横顔を眩しく思った。

 

 

 

 

「で。話があるなら早くしろ」

 

そう急かしたのは跡部だった。

 

 

向日は跡部の言葉に一瞬身を震わせたが、全員の方向に向き直ると軽く咳払いをした。

 

「みんな・・・・・・聞いてほしいんだ」

 

向日の言葉に全員――ジローも樺地の助けを借りつつも精一杯に上体を起こして――が一斉に向日を見た。

向日もまた、一人一人を見つめ返すと、口を開いた。

 

 

 

 

「信じられないかもしれないけど、いや、俺も信じられないし信じたくもないけど」

 

 

「本当のことなんだ」

 

 

 

誰も口を挟むことなく聞いていた。

向日の言葉だけが、小屋の中に響いた。

 

 

 

「長太郎の事だ。」

「長太郎が?」

 

 

向日の言葉から出たパートナーの名前に思わず宍戸が聞き返した。

向日は、宍戸の方を向いて弱く頷くと、言葉を続けた。

 

 

 

「長太郎が・・・・・・・・・」

 

 

向日は一瞬そこで言葉を濁した。

次の言葉を言うのを躊躇しているようだった。

 

全員が、集中して向日の言葉を聞いていた。

誰かがごくりと唾を呑む音が聞こえた。

 

 

 

 

そして、向日は自分を奮い立たせると再度口を開いた。

 

 

 

「死んだ。」

 

 

 

 

何ともいえない沈黙が流れた。

「えっ」

という宍戸の小さな呟きのみがやけにその場に残った。

 

 

向日は、もう一度言った。

自分に言い聞かせるかのように。

 

 

 

「長太郎が、死んだんだ」

 

 

 

 

 

真実には表裏がある

でも僕等はそれに気づかずに

片面ばかりを 見ていたんだ

 

 









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