FILE13
大石は、出撃までの数日間を、至って普通に過ごした。 手塚は何度か大石を盗み見したが、その様子は全くいつもと変わることがなかった。
手塚は、不二と乾に大石が出撃することを伝えた。 不二は最初菊丸にも伝えた方がいい、と反論したが、大石の気持ちを伝えると、もう何も言わなかった。
越前には、伝えなかった。 テニスが上手いとはいえ、越前はまだ1年・・・・・・越前もまた、表情には表さないが限界に達しているように見えた。 そして、越前に伝えると越前が菊丸に大石の出撃を教える可能性があったからだった。
そして、大石の出撃の日がやってきた。
「起床ーーっ!」
もう幾度も聞いた、起床の声がかかると同時に菊丸は飛び起きた。 いつもの起床の声だというのに、今日は何故か胸騒ぎがしたからだ。 こういう予感がするときは、決まって悪いことがある・・・・・・菊丸がそう思ったとき、いつもの出撃場所へ行けという命令が伝わってきた。
・・・・・・・・・やっぱり。 菊丸はそう思った。 先ほどの嫌な予感は、また誰かが出撃するからだったのだと。
菊丸は一緒に行こうと大石の姿を捜したが、いつも待っていてくれる大石の姿はそこにはなかった。 ざわ、と菊丸の胸を何かが掠めたが、菊丸は務めて気にしないようにし、走り出した。
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菊丸が開けた場所に着いたとき、今までにない衝撃が彼を襲った。
「・・・・・・・・・大石。」
飛行機に乗り込んでいたのは大石だった。 遠目とはいえ、見間違えるはずがない。
菊丸は、大石の姿を認めると同時に、大きく目を見開いた。 瞬きもせずに、菊丸はただただ立ち尽くしていた。
大石に駆け寄りたい気持ちでいっぱいだったが、何故か、足が動かなかったのだ。
そうこうしている間に、大石は青年たちと同じように飛行機のエンジンを付けた。 大石が、菊丸、そして青学メンバーたちの方を振り返ることはなかった。
やがて、数秒もしないうちに、大石秀一郎を乗せた機体は、青い空へと飛び立っていった。 そして、しばらくすると、その機体は見えなくなった。
・・・・・・はずだったのだ。
菊丸英二は、これほど目を見開いたことはおそらくないだろうというほどに目を見張った。
彼の目が捉えたもの、それは、目の前で飛び上がろうとした大石の飛行機が、墜落するところだった。 墜落した飛行機は地面に叩きつけられると、炎上した。 上空を見上げると、小さく飛行機のようなものが見えた。
次の瞬間、菊丸は今までに上げたことのないような大きな声で叫んだ。 「大石ぃーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」
その叫びがきっかけだった。
辺りはにわかに騒がしくなり、「空襲だ!」という誰かの張り上げた声で、青年たちは一斉に防空壕のある建物の方向へと走り出した。
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「大石・・・・・・!?」 不二周助は、静かに呟いた。
だが驚くのも束の間、青年たちに背中を押され、状況もイマイチ飲み込めないまま不二は走っていた。 大石の出撃にただでだえ胸が締めつけられる思いだったというのに、この上空襲だと突然言われ・・・・・・不二は戸惑っていた。
そうこうしている今も、後ろでアメリカ軍の飛行機の羽音がやけに大きく聞こえてくる。 たまに聞こえる爆発音のようなものは、アメリカ軍が爆弾を投下した音だろう。
走る途中に冷静になってきたのか、ふいにある人物の顔が不二の頭に浮かんだ。 「英二・・・・・・!」
菊丸は、大石の死を知らなかった。 菊丸にとって大石に存在は無くてはならないものだった。 大石の傍を、そう易々と離れるはずがない。
となると、あの場にまだ残っている・・・!?
不二の頭に、そんな考えがよぎった。
そして、次の瞬間不二は走ってくる青年の波を逆流し始めた。 俗に言う、第六感というもの。 間に合ってくれ、不二は走りながらそう思った。
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「大石・・・・・・・・・大石・・・・・・大石・・・」 菊丸の瞳は、最早焦点が定まっていなかった。
ふらふらとした足取りで、菊丸は墜落した飛行機の傍を通り、大石の乗っている機体へと向かった。
大石の機体の焼け跡にたどり着くと、菊丸はその場に膝をついた。 大石の遺体は、焼け爛れていた。 菊丸はその体をそっと抱きかかえると、涙を流した。
「なあ・・・・・・大石・・・・・・何やってんの?」 返事をするはずがない大石に菊丸はなおも話しかけた。
「格好悪いじゃん・・・・・・こんなトコで死んで・・・」 その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「・・・・・・大石ぃ・・・・・・何で・・・何で言ってくれなかったんだよ・・・・・・・・・俺、もう誰も死なせたくないんだ・・・・・・なのに・・・・・・・・・なんで、お前まで・・・・・・・・・行っちゃうんだよぉ・・・っ!」
菊丸は今、悔しい気持ちと悲しい気持ちでいっぱいだった。
何故自分をおいて、勝手に出撃した? 大石なりの優しさだということは菊丸にもわかっていたが、それでも、彼は涙を堪えることができなかった。
「バカ大石っ・・・・・・・・・俺たち。俺たち、黄金ペアじゃんか・・・」
その言葉と同時に、今まで狙われなかったのが不思議なタイミングで、菊丸の真上にアメリカ軍の爆弾が投下された。 一瞬の後、黄金ペアは赤い炎に包まれた。
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不二が、菊丸を発見したとき、とても近寄れる雰囲気ではなかった。 必死な瞳で大石に語りかける菊丸に不二は言葉を詰まらせた。
その一瞬、その一瞬の戸惑いが、菊丸の命を奪った。
不二の目の前で、一瞬にして菊丸と大石の遺体が炎に包まれた。
「!!・・・英二っ・・・・・・!」 「不二。やめろ」 思わず飛び出しかけた不二の腕を、強く掴んだ人物がいた。
「手塚・・・・・・」 「やめるんだ。今お前が行けば、お前も巻き添えだ。・・・・・・防空壕へ戻るぞ」
手塚は不二の手を一層強く掴み、引っ張った。 そして、不二に背を向けたまま、こう言った。
「お前のせいではない。俺が・・・・・・大石に”菊丸を頼む”と言われた」 その声は、確実に震えていて。
彼もまた、自分の無力さ、愚かさを呪っている、と不二は思った。
次々と仲間が減っていくのを眺める中で 僕は一体何ができる? ただ、見ているだけかい? そんなの嫌だ
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