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海堂と桃城の死から数日が経過した今も青学メンバーたちは、虚ろな瞳をしていた。

大人びているといえど、所詮彼等も中学生。

 

 

仲間3人の死は耐え切れるものではなかった。

 

 

唯一の救い、彼等の精神を保たせられる要素があるとすれば、それは死の瞬間を目の当たりにしなかったことくらいだった。

もし、目の前で彼等が死んでいたら・・・・・・きっと誰一人正気ではいられなかったはずだ。

 

 

 

 

憔悴しきった彼等の中でも、特に魂が抜けたような瞳をしていたのが菊丸英二だった。

泣いて泣いて、泣き明かしたその大きな瞳は落ち窪んで焦点が合っていない。

 

 

「桃・・・・・・タカさん・・・・・・海堂・・・っ」

 

もう涙も枯れた、という感じで菊丸の喉からは乾いた声が漏れ出るだけだった。

 

 

 

菊丸は人懐っこい性格だった。

人の温かみに一番触れてきた人物だった。

 

だから大切な仲間たちの死は菊丸にとってとてつもなく大きなショックを与えた。

 

 

少し前まで、一緒に笑いあっていたのに。

 

 

自分のつまらない冗談にも笑ってくれたタカさん。

一緒に悪ノリしていた桃。

からかうと面白かった海堂。

 

 

・・・・・・みんな、もういないんだ。

 

そう思うと、菊丸は枯れたと思っていた涙をまた流した。

 

 

 

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「ちょっといいか?」

手塚は、廊下ですれ違った青年を思わず引き止めた。

 

青年はなにやら急いでいたようで、手塚は引き止めてから少し後悔をしたが、ここで用件を言わなければもっと失礼だと思い尋ねた。

 

 

「今日は何日だ?」

「確か8月2日じゃなかったかな・・・・・・すまない、曖昧なんだ。」

 

「そうか、いや、有難う。手間を取らせて悪かったな」

青年は突然の質問にも関わらず笑顔で応対し、足早に去っていった。

 

 

名前も知らない青年だった。

だが、手紙のような大量の紙の束を抱えていたのが手塚の目には印象的に映った。

 

・・・・・・あんなにたくさん、何をするのだろうか。

 

 

手塚はふと疑問に思ったが、それを考えるほどの気力は手塚には残っていなかった。

 

他人のことなど・・・今は気にしていられない

青学メンバーだけで手一杯、否、自分だけで手一杯なのだから

 

 

 

あと、2週間。

 

 

テスト前の2週間などはすぐに過ぎていくというのに、此処へ来てから何と日にちの流れの遅いことだろう

あと2週間、誰にも出撃命令が下されないことを祈ることしか手塚にはできなかった。

 

 

たった二週間、されど二週間。

 

ここ数日、出撃が多い。

それは終戦が近づいているという何よりの証拠だが、同時にいつ出撃命令が下されてもおかしくないということだった。

 

 

「あと・・・・・・2週間」

 

 

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「・・・・・・英二。」

大石は、噛みしめるように呟いた。

 

 

それは、戦争終結まであと2週間少しと迫った明け方の出来事だった。

 

大石に、【出撃命令】が下された。

 

大男なりの配慮なのか、手塚を通してではなく伝令は大石に直接伝えられた。

青学メンバーに出撃を告白するも、告白しないも大石次第だということだ。

 

 

 

大石は、ついに自分の番が来たのか、と思った。

 

 

大石はきっと次に出撃するのは自分だろうと思っていた。

越前や菊丸、不二は体格が小さく出撃組に分けられていなかったし、手塚は青学メンバーを支えるために必要な存在だ。

 

乾・・・・・・は。

 

大石はそこで考えを止めた。

 

 

 

きっと、少し前の状況なら出撃するのは大石ではなく乾であっただろう。

大石も決して小柄なわけではないがそれでも乾と比べると体格さは歴然としていた。

 

なのに、乾を指名しなかった理由・・・・・・大石には心当たりがあった。

 

 

 

乾は、桃城と海堂が出撃する数日前、あの集会からというもの様子がおかしかった。

訓練にも身が入らず、ミスを繰り返し廊下を雑巾がけさせられているのをこの前大石は見かけた。

 

大男といえどそれに気づかないはずはなく、乾は指名されなかった・・・・・・大石はそう推測した。

 

 

 

しかし出撃の順番などあまり大石には関係なかった。

 

どうせ、2週間全員が生き延びれる可能性なんてないと大石は思っていた。

むしろ、大石は自分が最初に選ばれてよかったとまで思っていた。

 

 

人の命に価値の差があるとは思わない。

 

しかし、大石は青学メンバーを支えるのに必要なのは自分ではなく手塚や乾の命だと思っていた。

だから、大石にとって自分がこのタイミングで出撃することは何の不思議もなかった。

 

 

自分が出撃しても、手塚や乾が皆を先導してくれるはず・・・・・・大石にはそんな妙な安心感があった。

 

 

 

だが、一つ気に掛かることは、ダブルスパートナーであった菊丸英二のことだった。

 

 

菊丸は、3人が出撃して以来、目に見えた落ち込み様だった。

そんな菊丸のことだから、きっと自分が出撃すれば、物凄く悲しむに違いない、もしかしたら出撃すると知れば自分も出撃すると駄々をこねるかもしれない・・・・・・大石はそう思った。

 

 

 

そのとき、引き戸が空いて一人の青年が姿を現した。

青年はやけに沢山の紙の束を抱えていた。

 

 

「大石・・・・・・さん?」

青年はまだ名前がうろ覚えなのか遠慮がちに大石に尋ねた。

 

 

「ああ、そうだけど。」

大石が笑顔で答えると、青年は表情を和らげた。

 

「次の出撃のことなんですが、身内に出す手紙などがあれば私に今日中に預けてください。」

「あ、ああ・・・・・・わかった。有難う。」

 

青年は失礼します、とお辞儀をすると部屋を出て行った。

 

 

 

「身内・・・か」

大石は自分の家族に思いを馳せた。

 

 

此処に来て数日、色んなことがありすぎて家族のことなど頭に浮かばなかった。

だが、出撃=死、もう両親に二度と会えないのだ、と大石は再認識した。

「行ってきます」と玄関を出た日が遠い昔のように思えた。

 

 

自分の死で、きっと家族は悲しむだろう。

そして、青学メンバーも・・・・・・。

 

 

大石は、自分の大切な人の悲しむ顔を見たくはなかった。

大石は悩みぬいた末、決めた。

 

 

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「手塚」

手塚は急に掛けられた声に、少し躊躇して振り向いた。

 

 

 

「・・・・・・大石か、どうした。」

 

「俺、出撃命令が出たよ。」

「!?」

 

 

手塚は息を呑んだ。

そして、何か言おうとしたが、大石の方が早かった。

 

 

「それでさ、手塚に頼みたいことがあるんだ。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

手塚はあまりに突然すぎる大石の言葉に、言葉を発することができなかった。

 

 

 

「頼んでも・・・・・・いいかな?」

 

「あ、ああ・・・」

 

そういった大石の瞳は、真剣すぎて、手塚にはイエスと答えるしかなかった。

 

 

 

「英二には・・・・・・出撃を知らせないでほしい。あいつには、俺が死ぬなんていう心の準備をさせておきたくない。今知らせたら英二はきっと一緒に出撃すると言い張る。あいつは、もう限界だ。でも、あいつは生き延びられるんだ、生き延びなくちゃいけない。だから・・・・・・・・・英二を支えてやってくれ」

「しかし・・・」

 

 

手塚は思った。

今言わなかったとて、菊丸の受けるショックは同等のはずだ、と。

 

 

 

「頼む。手塚。英二のことは、俺が一番解ってるんだ・・・・・・・・・手塚、乾、不二もいるし・・・英二を支えられる。支えてやってくれ」

 

涙声でそう告げる大石に、手塚はただ「わかった、わかったから顔をあげろ」、と言って肩を抱くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

人生には

知らなくてもいいこともあるんだ

全てを知ろうとすれば

きっと混乱するだけだから

 

 

 

 









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