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「英二!どこ行ってたんだ!」

手塚とうな垂れた菊丸が部屋に入るなり真っ先に大石が駆け寄ってきた。

 

 

手塚は歩きながら考えていた科白をそのまま口にした。

「どうやらトイレが解らず迷っていたらしい。」

 

大石や桃城は納得した表情を見せたが、きっと乾には今の嘘は見抜かれているだろう、と手塚は思った。

 

 

しかし手塚の予想とは裏腹に乾の視線は自分たちに何ら興味を示さず、ノートに釘付けになっている。

ペンを走らせ、ノートを熱心に見つめる乾から手塚は目を離すことができなかった。

 

自分を見つめる視線に気がついたのだろう、乾がノートから顔をあげ、やっと手塚の存在に気づいた。

 

 

乾はペンを持つ手を止めると、いつもと同じ、まるで『今からランニングをしないか?』とでも言うような口調で言った。

「手塚、いたのか。海堂と桃城の出撃についてだけど今から皆で話し合わないか」

「!?」

 

全員が目を見開いた。

手塚さえ、動揺を隠し切れずに居た。

 

 

乾はそんな全員の様子にも動じずに、言った。

「ああ、そうか。皆は知らなかったんだな。次の出撃リストに桃城・海堂2名が入ったそうだ」

大石は顔面蒼白、という言葉がぴったりの表情を浮かべているし、不二や菊丸は相変わらず俯いて表情を見せない。

 

当の桃城と海堂は表情を全く変えなかったのだが、誰もそのことに気づいた者はいなかった。

 

 

手塚は乾の考えていることが全くもって解らなかった。

「乾。何故・・・・・・

「何故それを今言うのか、とでも聞きたそうだな手塚。今はもう終戦間際だ。次の出撃までに時間がない。となると、全員に伝えて策を立てるのが最善だとは思わないか?」

 

乾の言うことが間違っているとは誰も思わなかったが、誰も乾のように割り切った考えをすることはできなかった。

おそらく出来れば知りたくなかったというのがメンバーの本音だろう。

 

 

 

「この中の誰か・・・・・・二人が犠牲にならなきゃいけないってことなんだよな・・・桃たちを行かせないためには」

菊丸がぽつりと呟く。

 

全員桃城たちを守りたい、とは思っていたがいざ自分に身代わりになれるかと問いかけられると答えられるものは誰一人としていなかった。

 

 

全員が黙り込み、しばしの沈黙が続いた。

 

 

 

 

沈黙を破ったのは意外なことにも桃城だった。

 

「俺、行くッスよ」

「?!」

全員が桃城に驚愕の表情を向けると桃城は目線を逸らした。

 

 

「まあ・・・そのもとはといえば、俺の責任なんだし・・・・・・

「誰の責任でもないと言っただろう」

手塚は思わず桃城の言葉を遮った。

 

それを言うなら、全員をまとめて行動させなかった部長である手塚の責任であるともいえる・・・・・・結局、責任は誰にでも押し付けることができるからだ。

桃城は手塚に意外そうな表情を向けるとフッと笑った。

 

 

「俺、別に悔いはないッス。全国行けねぇのは確かに残念ッスけど・・・・・・でも、こんな仲間に会えたんだし。だから、そんな悩まなくてもいいッスよ。」

桃城は無理やりとも取れる笑みを精一杯浮かべた。

 

菊丸はまた泣き出していた。

 

 

乾は、表情を動かすことなくじっとただ一点を見つめていたが、しばらくするとノートを閉じた。

 

「・・・・・・さて、桃城はこう言っているが。海堂はどうなんだ?」

全員が今まで桃城に向けていた視線を海堂に移動した。

 

 

海堂は遠慮がちに、しかしはっきりと言った。

 

「俺は・・・・・・・・・行きます。大勢の人の命が助かるんだ・・・行くしかねぇ」

「!?」

 

その言葉を聞いたとき、乾の今までの冷静な表情が一変した。

 

乾は慌ててデータノートをめくった。

乾の脳内は混乱していた。

 

 

海堂は出撃に賛成ではなかったはず・・・・・・どこでこんな誤算が・・・・・・

 

乾のデータによると、海堂が出撃したがる可能性は0パーセントに近かった。

桃城が出撃するという可能性はそう低くはなかった、だが、海堂は確実に出撃しない、と言い張ると乾は思っていた。

 

そして乾は海堂さえ反対すれば、何か策を立てようと思っていた。

その策の心当たりもあった・・・・・・あまりやりたくはないことだが、『青学メンバーではない青年を身代わりに立てること』を乾は実行しようとしていた。

名誉を残したい、出世をしたいというやつは捜せばかなり居たから二人分くらい身代わりはいくらでも立つと思っていた。

全ては仲間を思うが故・・・最低な行為だと解っていても、乾はこの作戦を本気で決行しようと思っていた。

 

だが、そのためには桃城と海堂の合意が不可欠だった。

海堂さえ出撃に反対すれば、桃城は説得の余地があった。

だが二人意見が揃ったとなると・・・・・・

 

 

乾の額に汗が伝う。

・・・どこでこんな計算ミスを・・・・・・?!

 

乾が海堂をちらりと盗み見ると、鋭く強い決意を秘めた目をしていた。

こうなった海堂は、周りの声など何も聞かないということなど乾にはわかっていた。

 

 

「お前達は・・・それでいいのか?成功率は6パーセント以下だ・・・・・・知っていて、まだ出撃するというのか?」

乾は、それしか言うことができなかった。

少しの可能性にかけて、桃城と海堂を引き止めたかった。

 

乾の声が震えていることはきっとこの場にいた全員が気づいたに違いない。

 

 

「「はい」」

 

 

乾の視線は、ノートにあった。

だが、そのノートにはもう何の意味もなかった。

ただ、何の意味もない計算がつらつらと書き連ねられているだけだった。

 

 

 

誰一人として、桃城と海堂が密かに視線でやりとりをしていることに気づく者はいなかった。

 

 

 

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数時間後、建物の裏に3人の男がいた。

男たちは周りの様子を注意深く伺うと、その場に腰掛けた。

 

一呼吸置いて、一人の男が切り出した。

「出撃することにしました」

 

「そうか・・・・・・海堂はどうするんや?」

「・・・・・・ふしゅー・・・俺も・・・」

 

一人は桃城、もう一人は海堂、そしてその二人と向き合っているのは氷帝学園の忍足侑士だった。

忍足の衣服は青学メンバーのような軍服ではなく、氷帝のジャージのままだった。

 

忍足は桃城と海堂を見つめると、端整な顔立ちを歪めた。

少しの沈黙が流れた。

 

「そうか・・・・・・ほな、俺はこれで」

忍足はそう言うと立ち上がった。

 

 

「忍足さん!どこ行くんすか?」

桃城が思わず尋ねると、忍足は振り返らずに言った。

 

「ちょお・・・行くとこがあるんや。ほな・・・・・・またな」

忍足は後ろ手で手をひらひらと振ると、森の方向へ歩き出した。

 

二人は忍足の行き先などは尋ねなかった。

尋ねたとて、忍足はきっと上手くはぐらかしてしまうであろうことが解っていたからだ。

 

桃城と海堂は、颯爽と去っていく忍足の背中をしばらく見つめていた。

 

 

 

 

 

いったい何処で間違えたのやら

運命を捻じ曲げようとするものへの報いなのか

俺はあいつ等を救ってやれなかった

 

 

 

 









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