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手塚が暗い気持ちで部屋へと戻りかけると、不二と大石が駆け寄ってきた。

どうやら手塚のことが気になって待ち伏せしていたらしい。

 

「手塚!何かあったのか・・・?」

心配そうに顔をゆがめる大石の隣りで、不二の瞳は未だに濡れている。

まだ河村の死のショックを乗り切れていないのだろう。

 

「・・・・・・ああ、河村から伝言を言付かっていた、と言われた。『有難う、全国へ行けなくてごめん』・・・と」

 

手塚は桃城と海堂のことはあえて言わなかった、否、言えなかった。

言ったところで今の手塚には全員を勇気付ける言葉が浮かばないから。

 

「もう、二人とも休め」

手塚には、それしか言うことができなかった。

 

 

二人が去ると、手塚は一層眉間の皺を深めた。

成績がトップクラスだったといえども、所詮は中学生。

こんなときにどうすればいいかなんてことは思いつくはずもなく。

手塚の頭に浮かぶのは入部当初の桃城と海堂の姿だった。

 

桃城と海堂は1年の頃からライバルだった。

二人ともテニス経験者でもなく、ごくごく普通の男子だったが、執念や負けたくないという気持ちだけは突出していた。

桃城は海堂だけには負けまいと、海堂は桃城だけには負けまい、と次々とメニューをこなし、2年生にしてレギュラーの座を勝ち取った。

 

何故、その二人がこんな場所で人生を終えなければいけないのか、手塚には理解できなかった。

かといって、二人を救い出す方法が見つかるわけでもなく、結局思考はぐるぐると廻るだけだった。

 

 

 

「手塚」

「・・・・・・?乾か」

「どうした、そんなに険しい表情で」

 

乾の手には相変わらずノートとペンが握られていたが、眼鏡に隠れた表情がどんなものかは手塚には解らなかった。

 

 

 

「・・・・・・別に大したことではない」

 

「ほう・・・・・・俺の計算では誰かに出撃命令が下されたんだと思ったんだが。大したことではないのか・・・」

「!」

 

乾のデータには手塚も度々驚かされた。

学校の成績はイマイチな乾だが、こういう才能は抜きん出ていた。

こういう状況に役立つのはおそらく自分のような頭のよさではなく、乾のような能力なんだろうな・・・・・・と手塚は思った。

 

そして、乾は今の自分の立たされた状況をもまた言い当てた。

 

 

乾はクスリと笑い、眼鏡をずり上げた。

「驚いた。鎌をかけてみただけだったんだが。手塚がそこまで表情に出すとはな」

「・・・・・・・・・」

「で、出撃するのは誰・・・なんだ?」

 

 

手塚は簡単な手口に引っかかってしまったことを恥ずかしく思いつつも、ここまできては隠しても無意味だと思い乾にだけは真実を打ち明ける事にした。

 

 

「桃城と海堂だ」

「・・・そうか。二人とは・・・・・・計算外だな・・・しかし・・・あの二人か・・・・・・そうか・・・」

 

乾はぶつぶつと何かを呟きながらノートにカリカリと何かを必死に書きとめている。

そしてそのまま歩き出し、部屋へと帰ってしまった。

 

手塚は深いため息をつくと、乾の後を追って部屋へと向かった。

 

 

 

手塚と乾、二人の様子をじっと見ていた者がいた。

別に隠れたいと思っていたわけではないが、声をかけるタイミングを逃してしまっただけのこと。

 

「まさか・・・・・・桃と海堂が・・・?」

菊丸英二は、その大きな瞳をさらに見開いてその場に立ち尽くした。

 

菊丸は人懐っこい性格のせいか、後輩とも仲が良かった。

特に桃城とは毎日部活が終わると買い食いをしに行っていた仲である。

海堂はとっつきにくく、菊丸は苦手としていたのだがそれでも嫌いではなかった。

 

河村の死は、菊丸の精神を揺らがせるのに十分すぎる出来事だった。

そして、追い討ちをかけるかのように後輩二人の死の宣告。

 

「俺はもう・・・・・・誰にも死んでほしくない・・・」

 

菊丸は、虚ろな瞳で歩き出した。

 

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「なあ、誰か、英二を知らないか?」

「菊丸先輩なら、乾先輩を探してどっか行きましたよ」

 

乾そして一歩遅れで手塚が部屋に入ると、大石がきょろきょろと菊丸を探し回っていた。

近くにいた越前がそれに答えると同時に、大石が手塚と乾の存在に気づいた。

 

「乾、英二知らないか?」

「いや、見ていないな・・・」

「・・・・・・参ったな、アイツ一体どこ行ったんだ・・・。」

 

相変わらずノートから視線を離さない乾だったが、手塚は大石と乾のやり取りを見て何か嫌な感じを覚えた。

 

「俺が、捜しに行って来る」

手塚はそういい残し、部屋を跡にした。

ここに来てからというもの嫌な予感が当たってばかりだから、手塚は不安になったのかもしれない。

 

 

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目の前には貫禄のある大男の姿。

思わずその姿にひるみそうになるけれど、菊丸はしっかりと口を結んで大男をにらみつけた。

 

「桃と、海堂を出撃させないでください」

大男は一瞬目を見開いたが、その後さも可笑しそうに笑った。

 

「無理だ。国の決定事項だ。それにこれは名誉なことだ。」

その言葉を聞いた時、菊丸の中で何かが弾けた。

おそらく、今までずっと溜め込んでいた思い。

 

「・・・・・・名誉?名誉なわけないじゃん!何で、国のために死ななくちゃいけないわけ!?桃と海堂は・・・これからなのに。これから、青学にはあの二人が必要なんだよ!!!!何で解んないんだよばか!」

大男は馬鹿と罵られ、少しかちんときたのか口調をこわばらせた。

 

 

「・・・なら菊丸、お前が代わりに出撃してもいいんだぞ?」

「・・・・・・?!」

 

「そこまで言うほど後輩思いなお前だ、それくらい容易いだろう?」

「・・・・・・・・・・・・。」

 

 

菊丸は何も言い返せなかった。

 

菊丸は誰よりも死を恐れていた。

だからこそ、仲間の死を止めたいという思いも強かったわけで。

いざ、自分の命と他人の命を天秤にかけろといわれれば・・・・・・菊丸にその答えは解っていた。

しかし、それを認めると自分がとんでもなく嫌な人間に思えて、結局黙ることしかできなかった。

 

ただ、歯を食いしばり、手を握り締め、この重い沈黙に耐え続ける事が今の菊丸には辛かった。

 

 

そのとき菊丸にとって絶好のタイミングで、引き戸が引かれた。

 

「すいません、菊丸が迷惑をおかけしました」

「・・・・・・・・・?ああ、手塚か。」

 

入ってきた人物は手塚だった。

大男も手塚の人望は気に入っているらしく、少し堅い表情を緩めた。

 

 

「菊丸には俺からよく言い聞かせます」

「ああ・・・頼むぞ」

 

「では、失礼します」

手塚はまだ虚ろな瞳の菊丸の手を強い力で引くと、部屋の外へ出た。

 

 

 

「菊丸。・・・・・・一体どういうつも

「桃と海堂見捨てられるわけないじゃん・・・!何で手塚と乾はそんなへーキな顔してられるわけ?!仲間だろ!?もう、俺は誰も失いたくないのに・・・・・・っ!・・・おかしいよ・・・」

手塚は、菊丸にかける言葉が見つからなかった。

 

だが、菊丸の痛々しい姿を見て少しでも安心させようと思ってこう言った。

「・・・・・・・・・俺がなんとかする」

 

策なんて、何も持ち合わせていなかったのに。

 

 

 

 

その出来事は

僕等が背負うには大きすぎて

自分の無力さを呪った

 

 

 









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