FILE07
河村の飛行機は森の向こうへと消え去っていった。 不二は、虚ろな瞳でその方向を見つめていた。
不二と河村は仲がよかった。 クラスこそ違うものの、河村の優しいところが好きで、不二はよく河村と接していた。
友達だったのに、全然気づいてあげられなかった、ちっとも力になれなかった・・・・・・そう思うと不二の目からは涙が溢れ出した。 河村は、一人で出撃していったのだ。
不二は、もう消えた飛行機の方向にずっと目を向けたままだった。 その光景は、周りの青年たちにはさぞ美しく、儚い光景に見えたに違いない。
彼等なりの気遣いなのか、青年達、大男は建物へと帰っていった。 あたりには、青学レギュラーだけが残った。
「さあ・・・・・・俺たちも帰ろう」 手塚の声が、少しだけ震えていた。
その声に反応し、皆が歩き出そうとしたが、不二だけは動かなかった。
「不二・・・・・・?」 菊丸が心配そうに不二に声をかける。 異様なほどの静かな空気が不二の周りには漂っていた。
「ねえ手塚・・・・・・・・・タカさん・・・一人で出撃していったんだよね・・・・・・」
「・・・・・・・・・ああ。」
「僕は、何もしてあげられなかった。友達・・・・・・だったのにっ・・・!!僕は・・・」 「不二、もう言うな」
「どうして・・・・・・帰ろうなんて・・・言えるんだよっ!どうして・・・・・・タカさん一人にできるんだよっ・・・っ!!!」 「不二・・・」 手塚は眉間の皺をさらに深くし、不二を見つめた。 不二の肩は震えていた。
「僕のせいだ・・・・・・・・・僕が、タカさんの様子にもっと早く気づいていたら・・・!!!!」 「・・・・・・不二先輩っ!それなら・・・・・・俺のせいだ。俺が、最初に行こう、って言ったから・・・俺が、みんなを巻き込んだんです」 思わず桃城が声を出す。
不二は、振り返った。 涙に濡れた青い瞳は、悲しみに満ちていた。
しかし、その瞳が見据えた先は桃城ではなかった。 「・・・・・・ねえ、越前」 越前は瞬間的に思わずうつむいた。
「タカさんのこと・・・・・・知ってたの?」
「俺・・・・・・・・・あの日、河村先輩が飛行機の操縦教わってるとこ・・・偶然見ちゃって」 「どうして!!!どうして、止めなかったんだ!!タカさんは・・・・・・・・・タカさんは・・・!!!!」
不二は越前に掴みかかった。 普段おとなしい彼のこんな様子は全員初めて見たらしく、越前も驚いた表情を浮かべていた。 菊丸が思わず間に入って止めると、不二は我に返ったような表情をした。
「・・・・・・・・・ごめん。越前は悪くないよね、僕、自分が何もできなかったのが悔しくて・・・・・・っ」 不二は越前から手を離すと、歯を食いしばって俯いた。
「・・・・・・不二、もういい、誰のせいでもない」 手塚はそう言うと、「帰ろう」と呟いて、建物へ向かって歩き出した。
不二は菊丸に肩を支えられて歩き出した。 その後姿を見て、越前は、大事な人の死はここまで人を変えてしまうのか、とぼんやりと思った。
道中、誰も会話はしなかった。 だが、全員が涙を流し、すすり泣く声だけが森の中に響いた。
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乾はノートに今日の日付と『河村の出撃』という言葉をノートに書きとめた。 その文字を見つめると、今でもあの瞬間が蘇ってくる。
乾でも、河村の出撃は全くもって予想できていなかった。
もし出撃するとしたらきっと河村や自分が最初だろうということくらいは予測していたが、それがこれほどにも急だとは乾も思っていなかった。
そして、今日の不二の姿。 あれほど取り乱した不二の姿をかつて見ただろうか・・・・・・。 その姿を見て一番に思ったことは「もうこれ以上犠牲者を出してはいけない」ということ。 だが、今の乾にはそのために有効な手段は思いつかなかった。
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建物についてからというもの、海堂の頭からは、出撃する河村の姿が焼きついて離れなかった。 いつも自分を犠牲にしてでも仲間のために、と頑張る河村のことだからきっと恐怖を隠して出撃したんだろうということは海堂もわかっていた。
海堂は不二の姿を横目で見ながら、「凄い」と感じていた。 涙を流しこそしたものの、自分はそこまで人の死に悲しめなかった。 まるで自分のことのように人の死を悲しめる不二を海堂は少し羨ましく感じた。
海堂は河村の死はもちろん悲しかったけれど、それ以上に次に出撃するのは自分かもしれないという恐怖が大きかった。 あの後河村先輩はどうなったのだろう・・・・・・想像するたびに恐怖が襲ってくる。
米軍に打ち落とされる飛行機・・・血まみれになった河村の姿・・・・・・それらがあまりにリアルに想像され、海堂は身震いをした。
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手塚は建物に帰るなり、大男の部屋に呼び出された。 不二や菊丸は心配そうな目で手塚を見たが、手塚は「大丈夫だ」と言い残し大男についていった。 正直、手塚も行きたかったわけではない、もし「出撃命令」だったらと思い足がすくみそうになったが、皆が見ている手前部長として行かなければならない、と思った。
大男は手塚を部屋に招きいれると質素な椅子に「座れ」と命令した。
「河村のことは・・・名誉だと思え。」 「・・・・・・はい」
「それでな・・・・・・今回呼び出したのには訳がある。河村から伝言を言付けられていてな。」 「・・・・・・本当ですか?」
「ああ。『有難う、あと全国へ行けなくてごめん』だと・・・・・・俺には何の事か全くわからないがお前達には通じるんだろうな」 「・・・はい、伝言有難う御座います。」
手塚はそれだけ言うと部屋を去ろうとした。 大男とこれ以上長くいると、何だか嫌なニュースを聞きそうな予感がしたからだ。
「ああ、それとな」 「・・・何でしょう」
「次の出撃予定者に、海堂薫、桃城武が入った。あいつ等はまだ若いから、パワーに期待していると伝えてくれ。」 「・・・・・・・・・!!!!」
「出撃の日付はまだ決まっていないが、近いうちだろう」 「・・・・・・・・・失礼します」
手塚は、部屋を出るとその前で立ち尽くした。
俺は、どうすればいいのだろうか
友の消えた空はどこまでも青くて 悲しみを増大させた 僕らにはその悲しみを止める術は 見つけられなかった
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