FILE06
桃城や菊丸は、必死に飛行機に近づこうとしていた。
「く・・・そ!タカさん・・・・・・何で・・・ッスか・・・・・・一緒に・・・帰りましょうよ・・・」 「タカさん・・・・・・止めなくちゃ。俺たちは・・・帰るんだ」 呪文のようにそう唱えながら青年達を掻き分けようとする二人の光景は周りの者の目に痛々しく映った。
大石や手塚、乾はそこに立ち尽くし固まっていた。 だが、その表情は悲しみに満ちていた。 普段表情を動かさない手塚でさえも悲しみを隠しきれないようだった。
「駄目だ!タカさん!止めるんだ!」 突如張り上げられた不二の声に、周りの青年達が一瞬固まった。 不二自身も自分にこんな大きな声が出せるとは思わなかった。
不二の目にはもううっすらと涙が滲んでいた。 後悔・・・きっとこれが一番の理由。 どうして止められなかったんだ、どうして昨日の晩に話を聞かなかったんだ、そんな後悔が不二を取り巻いていた。 そして、仲間が目の前で死のうとしているのに止められない自分の無力さ、もどかしさ、所詮自分にできるのは今ここでタカさんを呼ぶことぐらい・・・・・・それらの感情が今不二に涙を流させていた。
その様子に表情を硬くしていた青年達も心なしか悲痛の表情を浮かべていた。
「・・・・・・・・・何で・・・ッスか・・・・・・河村先輩」 越前の呟きは、誰にも聴こえず青い空に吸い込まれた
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河村はじっとりと汗ばんでくる手の平を何度も軍服で拭いては、深呼吸を繰り返していた。 機内は狭く、ただでさえ暑いというのにさらに蒸し暑かった。
エンジンは丁度片道分しか入っていない。 これは愛機を点検したときに河村も気づいていた。
出撃すれば、死は絶対。 引き戻すことは許されない。
それがこの時代での暗黙のルールであった。 もし戻ってくれば、「弱虫」という扱いを受け、蔑まれる。 「国の為の死」はこの時代、何よりも名誉あることだった。 たとえ、アメリカ軍にダメージを与えることができなくとも、『突撃した』という名義だけで死が名誉になる時代だった。
早朝、河村が呼び出しを受けた部屋へ向かうと、そこには数人の青年が整列していた。 河村も青年たちに習い、整列すると同時に、昨日の大男が引き戸をガラリと開けて入ってきた。 大男の姿を見るなり、青年達が姿勢を正し敬礼したから、河村は直感的にこの大男は国の偉い奴なんだ、と想像した。 大男はじろりと鋭い目で青年たちを見渡すと河村のところで視線を止めた。
「お前は、昨日入隊したばかりだ。これは前代未聞の出世だ、おめでとう」 「は、はい・・・」
『おめでとう』 そういわれることに違和感を感じつつも、河村は敬礼した。 敬礼する自分を、河村は自分自身だと思えなかった。 青年たちから沸き起こる拍手も、河村の耳には遠いもののように聴こえた。 大男は「まだ出撃はしない、機内で待っていろ」と告げ足早に去っていった。
河村は、自分が出撃するということに現実味がなかった。 今から自分が死のうとしているということにまったくもってリアルな想像ができなかった。 それは、『戦争』というものが過去に起こったもので自分たちには関係ない、という認識がまだ頭の中にこびりついているからかもしれない。
そしてそれは、機内に乗り込んでからも同じ。 まったく、自分がこの飛行機で人生を終えるということが信じられない。 漠然とした恐怖はずっとあったが、河村はそれを気にしないように務めた。 気にすれば、きっと恐怖に取り付かれてしまうから、今は現実味のないことだと言い聞かせた方がマシだと思った。
汗だけが馬鹿正直に流れ出してくるから何度もそれを拭く繰り返し。 隣りの機内の青年の顔色を伺ってみるが、ヘルメット越しの青年の瞳は真っ直ぐ前を見つめ、『恐怖』など一切感じられなかった。 この時代の人は、本当に『喜んで』国に命を捧げていたのか・・・そんなことを河村はぼんやりと頭の中で考えた。
時間にすれば20分ほどだったのだが随分と長い間機内に閉じ込められていた気がした。 急に外が騒がしくなり、ヘルメット越しに外を覗き見ると、数十人いる青年たちがずらりと整列していた。 反射的に、青学のメンバーを探してしまう。
青学のメンバーは、すぐに見つかった。 そこだけ列が乱れて団子状態になっていたからだ。
桃城や菊丸は、なんとか飛行機に近づこうとあがいていたが数名の青年により制されていた。 「駄目だ!タカさん!やめるんだ!」という不二の悲痛の叫びは、河村の耳によく届いた。 不二が本気で止めている、ということは河村にもよくわかった。
だが、自分が出撃しなかったら他の犠牲者が出るだけだ。 そしてそれはもしかしたら乾かもしれないし、桃城かもしれない。 そう思うと、河村には引き返すことなどできるはずがなかった。
いつの間にか河村の隣りには大男が来ていて、桃城たちの様子を遠い目で見つめていた。 「河村、少しくらい話すことなら可能だぞ」 「・・・・・・いえ、いいです。未練がましくなるのは嫌ですから。」 「そうか」 「あ、でも一つだけお願いしてもいいですか?」 「何だ」 「ありがとう、って。あと、全国・・・行けなくてごめんって」 「・・・・・・ああ、わかった、必ず伝える」
そう言うと大男は整列した列へ戻っていった。 河村は、列から視線を外した。 ヘルメットを深く被りなおし、最後の手の汗を拭う。
「出撃ーーー!!!敬礼!」
同時に、エンジンを入れ加速を始める。 最後に視界の隅に入ったのは敬礼する青年たちの姿。
涙が、一筋河村の頬を伝った。 そして河村の視界は、一面に広がる青い空のみとなった。
30分後、河村を乗せた機体はアメリカ軍により、海の底へ沈められた。
本当は怖かった 怖くて怖くて仕方がなかった だけど 君たちを怖がらせるよりは 一人で怖がった方が100倍マシだと思った
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