FILE03
大男の先導で、一同は教室くらいの大きさの小部屋に連れて行かれた。 そこには、まだ弱冠二十歳にも満たないであろうあどけなさの抜けない青年達が十数名敬礼をして待ち受けていた。
「新入りだ。色々教えてやれ。」
大男がそう告げると、青年たちは声を揃えて「はい!」と言った。
大男はこちらを振りかえると囁くような声で「名前を順番に言え。」と言った。
一同は一斉に手塚を見たが、手塚が無言で頷くと、越前が口を開いた。 「越前リョーマ。」 大男は越前を一瞥すると、「お前はこちらへ並べ。」と告げ、越前を自分の右横へ押しやった。
越前が自己紹介したとなると、必然的に次に言うのは越前の隣りにいた河村ということになる。 河村は戸惑いながらも名前を告げた。 「・・・河村、隆です。」
大男はまたも隅々まで河村に目を通すと、今度は自分の左横へ河村を押しやった。
それから、名前だけの自己紹介は海堂・菊丸・桃城・手塚・大石・乾・不二と続いた。 大男は自己紹介をする度にレギュラーを右と左に分けていった。
最終的に左側に並んだのは海堂・河村・桃城・手塚・大石・乾。 そして右側に並んだのが越前・不二・菊丸。
桃城、菊丸あたりは全くもって訳がわからないという顔をした。
不二・手塚・そして乾は黙って大男を見つめていた。
大男は一呼吸置くと振り返ってこう告げた。
「左側に並んだものは早速実戦に入ってもらう。訓練の内容はここに居るものたちに聞け。右側の者はまだこの内容は早い。隣りの部屋の兵士たちと一緒に基礎訓練を受けろ。」 部屋を出て行きかけた大男は、勢いよく振り返るとレギュラーたちを見回して言った。 「夕食までに服を着替ておけ。」 そういうと大男は部屋から出て行った。
残されたメンバーたちはただ呆然としていたが、一人の青年の声で我に返った。
「それじゃあ!左側の人たちはこっちに来てください。」 青年は浅黒い肌をした健康そうな風貌をしていた。
青年に言われて少し戸惑いつつも手塚や乾は青年の指した方向へと移動した。 桃城や海堂はやや不満そうな表情をしつつも、先輩の行動に従った。
青年は手塚たちを呼び寄せると越前たち――つまり右側の列に並んでいたものを振り返るとこういった。 「あとの人たちはさっき言われたとおりに隣の部屋へ行ってください。」
この言葉を聞いてあきらかに不機嫌になったのが越前。
今にも青年につっかかりそうな勢いだ。 不二はそんな越前の様子に気づくと、青年に気づかれないよう小さな声で言った。
「越前。我慢して、今は言うとおりにしたほうがいい。」 越前はまだ未練がましそうだったが不二の真剣な様子を見て、しぶしぶ部屋を後にした。
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「不二先輩。何でこんなことしなきゃいけないんすか。」
今越前・不二・菊丸は建物の周りをひたすらに走っている。
隣りの教室に行くと10代前半であろう若者が十数名揃っていて「新しい人ですね。丁度今からなんです!最初のメニューはこの周りを50週です!」 ・・・と、言われたから仕方なく走っているというわけだ。 今越前たちはレギュラージャージではなく、セピア色の軍服に身を包んでいる。 青年たちの纏っていた服から自分たちの服があまりにも浮いているからということで青年から受け取ったものだった。
「それは思う、不二、何で?しかも何で俺たち大石たちと一緒じゃないんだよ〜」 菊丸がふくれっ面をしたのを見て越前も同調した。 「そうッスよ。なんか『実戦』とか言ってたけど意味わかんない。ねえ、アンタと乾先輩、何か知ってるんじゃないの?」
越前が三白眼の大きな瞳で不二を見つめる。 不二は笑ってこう言った。 「まあ・・・いいじゃない。どうせ合宿でこれくらい走らないといけなかったんだし。僕が知っていることは今日の夜にでも話すから、それまで頼むからおとなしくしておいて。」
不二はいつもの不二らしくない命令口調で言葉を締めくくった。
それからは越前も菊丸もいやいやではあるがうさぎ跳び、腕立て伏せなどのメニューをこなし、不服を言わなかった。
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その日は、質素な食事を皆で採り、部屋は大きな体育館のようなところで雑魚寝ということだった。 青年の数だけ並べられた布団は数十枚にも及び、部屋の中は足の踏み場もなかった。 レギュラーたちはもう全員軍服に身を包み、周りの青年と同化していた。
色んなことが起こって疲れたのだろう。 桃城が真っ先に布団にもぐりこもうとすると乾がそれを静止した。 「ちょっと待て。全員外に出てくれないか。大事な話がある。」 「いいッスけど・・・・・・」 桃城が布団から出るのを見ながらこれが不二の言っていたことかにゃ、と菊丸は思った。
乾は全員を集めると、近くにいた青年になにやら交渉し、一礼して戻ってきた。 「よし、行こう。」 乾はすたすたと歩き出した。 手塚や大石もそれに続いたのを見て、あとのメンバーもぞろぞろと部屋を後にした。
「このへんでいいかな・・・」 乾が足を止めたのは昼間居た森のような場所の入口付近だった。 あたりは静かで人の気配はない。 わずかに建物からの明かりが届いているが、大声でも出さない限りはおそらくこちらの声は届かないだろう。
薄明かりに照らされた乾の眼鏡はいつも以上に乾の表情を解りにくくさせていた。
乾は微妙な咳払いをすると、データノートを片手に話し始めた。 「皆は、この状況をよくわかっていないと思う。まだ確定していないことは話さない方がいいと思ったからみんなには今まで何も言わなかった。だが、このままこうしているわけにはいかない。現時点での俺と不二の推測を聞いてほしい。」 不二はいつの間にか乾の隣りで険しい表情をしていた。 乾の言葉に、数名は頷き、数名は続きを促した。
「まず、僕たちが入ってきたときに、貼り紙みたいなの見えたのは覚えてる?」 「ああ、それなら、確か・・・『神風特攻隊』って書いてあったッスね。なんか聞いたことあんだけどなぁ・・・・・・」
不二の質問に真っ先に答えたのは桃城だった。 不二は少し桃城に微笑みかけると、言葉を続けた。 「桃たちはまだ2年生だから知らなくても当然だよ。越前もね。でも、きっと3年生は知ってると思うんだ。」 不二はまた厳しい視線になり、全員を見渡した。 菊丸だけは首をかしげていたが、他の3年は緊張した表情を表した。
「そのっ・・・神風特攻隊って・・・・・・アレだろ?第二次世界大戦のとき。」 緊張を破って声を出したのは大石。 「うん。そうだよ。神風特攻隊は第二次世界大戦、そしてパールハーバーのときに送り込まれた軍隊だ。」
不二の言葉に、場は静まり返った。 「そして、ここがその神風特攻隊ということだ。つまり俺たちは時を越えた・・・・・・タイムスリップしたということになる。ちなみにここは鹿児島県だ。」 乾が不二の言葉を引きついだ。
「でもさっ・・・!」 菊丸が思わず声を出した。 一斉に皆の視線が集まったことに菊丸は少しためらいながらも話した。 「ありえないよ・・・・・・んなの。もしかして、戦争マニアとかの集まりで、危ない集団かもしれないじゃん!」
「英二。僕たちもそうであってほしいと思ったんだ。だけど、そう考えると矛盾が多すぎる。タイムスリップしてしまったと考えると何もかもすんなり解決するんだ・・・」 不二の重々しい言葉に菊丸は思わず口をつぐんだ。 桃城や海堂も同様、信じられない事実にただ黙って立ちすくんでいた。 手塚は固い表情を未だ崩さず、河村や大石はある程度予測はついていたようだがやはりショックだった様子で俯いている。
「じゃあ、俺たち戦争しなくちゃいけないの?」
越前が、誰ともなしに呟いた。 その言葉に誰もがハッとした。 簡潔、かつ残酷な一言だった。
越前はそんなみんなの様子には構わないというかのように続けた。
「ねえ、今日分けられたのってさ。『体格』だよね。隣りの部屋に行ったら、みんな華奢な体格とか、年齢が低いとかそういう人ばっかだったんだよね。だから今日やったのも体力づくりだけ。」
誰もが越前の言葉に真剣に聞いていた。
「先輩達は、違うよね。戦争の練習、させられたんじゃないの?」
「・・・そうだよ。」 答えたのは意外にも河村だった。 目はかすかに潤んでいる。 「今日、俺たちは飛行機の操縦訓練を受けた。突撃するための・・・・・・ね。」
「・・・・・・・・・」 改めて河村の言葉を聞くと越前はそれっきり黙りこんでしまった。 辺りに沈黙が流れ、夏だというのに冷たい風が吹いた。
「・・・これからどうするかはまた話し合って決めよう。今日はもう遅い。帰ろう。」
乾の言葉に反対する者はいなかった。 きっと頭の中では色々なことが駆け巡っているのだろう。 自分は死んでしまうのだろうかだとか、両親と会えなくなるのだろうかだとか。 社会で習ったことを思い出そうとしている者もいるだろう。
どうしてみんなはあんなに冷静でいられるのかな。 菊丸は夜道を歩きながら思った。
事実は時に残酷で 受け入れたくないものだけれど それでも 事実は曲がらない 結局僕らはあのとき ただありのままを受け入れるしかなかった
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