9月1日。

夏休み明けの教室は騒がしく、あちらこちらで「焼けたね〜」「お土産あるよ!」などの定番の会話が繰り広げられている。

 

 

「おはよ!何だみんな来てんじゃん」

「遅いで岳人。」

「激ダサだな!」

「岳人、一人で見たりしてないよね?」

 

授業開始15分前に到着した岳人を、忍足と宍戸と滝は一斉に非難した。

 

 

「あはは、ごめんごめん。一人で見たりしてねーよ!ほら!」

そう言って岳人が机にバサッと置いたのは現像したばかりの写真の束だった。

 

 

 

写真

 

 

 

数日前、夏休みももうすぐ終わるってときに、侑士から電話がかかった。

興奮した声で「岳人!明日、心霊スポットいかへん?!」と告げた侑士。

 

俺はオカルトに興味はないし信じてもいなかったけど、臆病者と思われるのはイヤだし、どうせ予定もないからと付き合うことにした。

 

 

 

「ああ、いいぜべつに」

「流石岳人!!宍戸と滝も来るで。跡部も誘ってんけどバカンス中らしいわ」

「おう。で、どこ行くんだよ?この辺心霊スポットなんかあったか?」

「ちょっと遠いんやけどな・・・女の人が溺れ死んだ沼があるらしいねん、行き方は分かるし任しとき。明日の10時に駅集合やで」

「ありがとな。じゃ、また明日」

 

そう言って受話器をおいた。

 

 

 

 

 

 

・・・明日何を持っていこう。

 

俺はクローゼットの奥からリュックを取り出し、とりあえず財布・携帯・ハンカチなどを詰め込んだ。

 

 

 

思えば今年の夏は部活三昧で一度も遠出をしていない。

その割に宿題も全くはかどっていないのは謎だけど。

 

 

この夏一番の遠出だと思うと何だかうきうきとした気分になってきた。

俺は思いつくままにお菓子、トランプ、カメラなどをリュックに詰め込んだ。

 

 

 

「あ」

 

俺はリュックに入れたばかりのカメラをじっと見つめた。

 

「明日行くのって・・・『心霊スポット』だよな?」

誰ともなしに呟いた。

 

 

 

 

 

もしかして・・・もしかしたら・・・

 

 

 

「心霊写真・・・撮れちゃうんじゃねぇの?!」

 

 

声に出した瞬間背筋がゾクッとした。

俄然テンションがあがる。

 

 

本物だ。

本物の心霊写真が、撮れるかもしれない!

テレビでしか見たことがないやつが!

 

俺はその日、どきどきしながら眠りについた。

 

 

 

 

 

考えることは、みんな同じだった。

 

翌日駅に集合した全員が、カメラをぶらさげていた。

侑士なんか、年代モノのすげぇデカイカメラを持ってたから俺がからかうと

「アホ。こういうカメラの方が映りやすいって聞いたことないか?」と軽くあしらわれた。

 

 

2時間ほどかけて沼についた俺達だったけど、沼は思ったより不気味じゃなくて、もし「心霊スポット」だといわれなければ気づけないくらいのどかな場所に見えた。

俺達は期待はずれだと思いつつもとりあえず何枚か写真を撮り、午後を楽しく過ごした。

 

 

 

「心霊写真、もし撮れてたら自慢しようぜ」

「テレビに出してみるのもいいかもね」

 

帰りの電車で、宍戸と滝はもう心霊写真が撮れた時の事を話していた。

正直今日撮った写真に霊が写っているとは到底思えないけど、それでも「撮れているかもしれない」という期待で胸はふくらんだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「あけるぜ」

俺の声とともに、みんなが唾を呑む音が聞こえた気がした。

俺が机に写真をばらまくと、3人は一枚一枚『何か変なもの』が写っていないか確認しはじめた。

 

でも、期待はずれ・・・というか期待通り・・・っていうのか心霊写真はなかなか見つからなかった。

 

 

数分後、宍戸が自分の見ていた写真の束を放り出して言った。

「なし!」

 

 

「俺も見つけられんかったわ」

「俺も。滝は?」

「うーん・・・ないね」

 

全員ががっくりと肩を落とした。

 

 

 

「やっぱそう簡単に撮れるもんじゃねぇみたいだな」

「まぁ・・・いい思い出になったしええんちゃう」

「そうだね」

 

 

「んじゃ、この写真俺が持っとくな」

俺はそう言って写真の束をカバンにしまった。

 

これで終わったはずだった。

夏のちょっとした冒険。背筋がぞっとする出来事は。

 

 

けれど、これは始まりにすぎなかったんだ・・・

 

 

 

*****

 

 

 

その日、俺は家に帰って写真を机の引き出しに入れた。

引き出しに入れる前にもう一度写真を見ておこうと思い、1枚1枚見ていると、ふとある写真が目にとまった。

 

「何だ、コレ」

 

それは俺と宍戸と侑士が3人で沼を背景にピースをしている写真だった。

学校では気づかなかったが、後ろの沼が何か変だ。

波紋が立っている。

 

俺達は流石に不気味だから沼にはちっとも触っていなかったから、波紋が立つのはおかしい。

「流石、心霊スポットってか・・・まぁでも、こんな写真おもしろくないよな」

 

俺は写真を仕舞うとそれっきりその写真のことは忘れた。

 

 

 

*****

 

 

 

1ヵ月後のことだった。

 

 

侑士が死んだ。

窒息死だった。

首に、誰かに絞められたような跡があったらしい。

 

明らかな他殺だったけど、犯人は見つからなかった。

 

 

 

 

俺の家に侑士の両親が来て、俺は侑士のお母さんに、「侑士の写真があれば譲ってほしい」と言われた。

お葬式にはできるだけいい写真を使いたい、とおばさんは泣いていた。

 

大人の人の涙を見るのは初めてで、俺は何だか戸惑った。

泣きたくなったけど、男はここは泣いたらダメだと思って涙をこらえたら鼻が赤くなった。

 

 

 

 

 

「えーと・・・ゆーしの写真・・・は、」

 

 

俺は自分のアルバムを開いた。

体育祭のとき、文化祭、テニスの試合、遊びに行った映画・・・そこにはたくさん侑士が写っていた。

満面の笑み、少し困った顔、泣き顔に近い顔、真剣な顔、物凄く変な顔・・・いろんな侑士がいた。

 

 

 

「ゆーし・・・」

 

涙がぽたりと落ちた。

俺はそのときやっと侑士の死を理解したのかもしれない。

俺は夢中で侑士の写真を探した。

 

 

「あれ・・・この写真、」

俺は引き出しの中にしまいっぱなしだったあの時の写真を見つけた。

 

 

「!・・・なんだよ、コレ・・・」

それは、前に見つけた”おかしな写真”だった。

だがそれは今ではもっとおかしな写真になっていた。

 

 

俺と宍戸は笑顔でピースをしている、でも、その隣りの侑士は以前の笑顔ではなく、真っ青な顔をしていた。

そしてその首には、『誰かの手』

 

誰かの手が、侑士の首をしめつけていた。

真っ白な手だった。

そして沼の波紋は、いつの間にか消えていた。

 

 

 

「写真が変化するって、こんなことって・・・ありえるのかよ?!」

 

寒気がした。

俺は、その写真をびりびりに破り捨てた。

 

俺はその日、眠れなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

侑士の死からしばらくたち、俺は落ち着きを取り戻していた。

新しいダブルスパートナーともなかなかのプレイができるようになった。

もちろん侑士のことを忘れるわけではないけれど。

 

 

「岳人!今日お前ん家行くからな」

「おう、分かった!」

 

その日は宍戸が俺の家に修理したテレビを取りにくる日だった。

俺の家は電気屋だから、こういうことはよくあることだった。

 

 

 

「いや〜テレビがないと兄貴がうるさくてよ」

「あー確かにテレビ好きそうだもんなお前の兄貴」

「おう、や、ほんとお前ん家が電気屋で助かったぜ」

「あはは、だろ?」

 

宍戸はテレビ持ってすぐ帰るって言ってたくせに、俺の部屋に上がりこんでお菓子を食べていた。

まぁこういうこともよくあること、なんだけど。

 

 

宍戸は俺の部屋をぐるりと見渡すと一点で目をとめて言った。

 

「・・・飾ってんだな」

「あ?」

「忍足の写真」

 

それは俺と侑士が初めてダブルスを組んだときの写真だった。

今より少し幼い俺と侑士が、汗だらけで、やたら笑顔で写っていた。

 

 

「あぁ・・・侑士のおばさんが、『この写真の侑士、いい顔してる』って。俺、おばさんにあげるって言ったんだけど、『持ってなさい』って言われたから・・・」

「そっか・・・」

 

宍戸があまりにもしんみりとしたトーンで言ったものだから、その場の空気が何だか重くなった。

 

 

 

「あ、そうだ!新しいグリップテープ、この前買ったんだ!見ろよ!」

言うと、俺は勢いよく引き出しを開けた。

 

 

「・・・」

瞬間、俺は固まった。

 

 

 

「岳人?」

 

 

「・・・で?」

「おい岳人、どうしたんだよ」

 

なぜか、少し涙が滲むのがわかった。

 

 

 

「何であるんだよ?!燃やしたのに!」

俺の視線の先には、まぎれもなく『あの写真』があった。

 

 

 

「何なんだよ一体」

俺の取り乱した様子に、宍戸は俺のところへ来て引き台の写真を手にとった。

 

 

 

「なんだ、あの時の写真じゃねぇか・・・!?」

宍戸も、写真の変化に気づいたみたいだった。

 

 

「宍戸!危ない!」

「何だ?・・・くっ・・・!」

そして俺は見た。

宍戸の首に伸びた白い手。

 

 

白い手はぐいぐいと宍戸の首を締め付けた。

宍戸は白い手を必死に押さえつけていた。

 

 

 

助けなきゃ、

宍戸を助けなきゃ、

 

そう思うのに、俺の足は動かなかった。

背筋が寒くてたまらなかった。

目の前で起こっている出来事が悪夢だと思いたかった。

 

 

「がく・・・と!」

宍戸の精一杯の振り絞った声を聞くと、俺の目から涙が溢れ出た。

 

同時に、宍戸の体が大きく傾いた。

白い手は、消えていた。

 

宍戸の息がないことは素人の俺にも明らかだった。

 

 

 

 

いつの前にか腰が抜けていた俺は、宍戸のところへ這って行った。

宍戸は、蒼ざめた顔をしていた。

見開いたままの目を、俺はそっと閉じさせた。

 

そして宍戸の傍らにはあの写真。

俺はその写真を手にとった。

 

 

 

 

「・・・」

 

言葉が出なかった。

何の感情もわいてこなかった。

 

 

 

写真には、笑顔の俺、そして真っ白な顔の宍戸と侑士が写っていた。

二人の首にはくっきりと人の手の型がついていた。

 

そして、俺は写真の中にはっきりと見た。

白い手を伸ばし、笑いながら俺の首を見つめる女の姿を・・・

 

 

 

 

 

 

〜END〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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