それは、跡部率いる氷帝学園男子テニス部がプログラムに巻き込まれた、3日目の朝のことだった。

 

 

 

プライ

 

 

 

 

「残り・・・・・・3人?」

 

跡部景吾はその端麗な顔をこれでもかというほど歪ませた。

 

それもそのはず、容赦なく照りつける夏の日差し、そして跡部の鼻腔を容赦なく刺激する死臭。

それら全てが跡部の苛々を募らせた。

 

 

跡部は数秒眉間に皺を寄せたまま黙り込んでいたが、突然口を開いた。

 

 

「おい、何とか言えよ」

 

 

跡部が問いかけた先にいたのは忍足侑士。

忍足は跡部に背を向けていたが、跡部の呼びかけにゆっくりと振り返ると、片手で丸めがねをずり上げ、いつもの調子で笑った。

 

「堪忍!ちょおぼーっとしてたわ」

「・・・・・・ったく油断してんじゃねぇよ」

「そういう跡部やって会ったときぼーっとして俺に気づかんかったやん」

「ばーか、あれは油断じゃなくて余裕って言うんだよ」

「さいですか」

 

跡部はそんないつもと変わらない忍足を見て苦笑した。

忍足も跡部の笑いにつられしばらく笑っていたがふいに笑いを止め、跡部に向き直った。

 

 

「なあ、俺等除いてあと一人、誰か知ってるか?」

「・・・・・・いや」

 

「そか・・・」

 

 

忍足が眼鏡ごしに向ける視線があまりに真剣だったので跡部も笑みを消して首を振った。

跡部は忍足が次の言葉を発するのを待った、が、忍足は口を結んで言葉を続ける様子は伺えなかった。

 

質問した理由を知れないのは癪なので耐え切れずに跡部は聞いた。

 

「テメェは知ってんのかよ、あーん?」

「・・・・・・まあ、そのうち解るやん」

 

 

忍足はそう言って先ほどの暗い表情を消し、困ったような笑みを浮かべた。

 

跡部は意味深な笑みの意味を問い詰めたかったが、追求するのは俺らしくない、という理由で口をつぐんだ。

 

他人のことに首を突っ込む、干渉することを彼は嫌っていた。

というか、干渉されることが彼にとって煩わしいことこの上ないのだから、跡部は絶対に忍足を問いただすことはしなかった。

 

彼には、彼のプライドがあった。

 

 

 

跡部が黙り込んだのを見て忍足は跡部の気分を害したのかと思い慌てて他愛もない話をした。

 

 

「なっ、なあ跡部はこの夏の予定は決まってたん?」

 

「あーん?お前、何言ってやがる。全国でそれどころじゃねぇだろバーカ」

「あ、そか・・・・・・って関西人にバカはあかんで!そういえばこの前宍戸が・・・」

 

 

跡部は忍足が無理やり話題を作っていることに気づいていたが、まあ彼にとって楽しい時間であることは変わりはしないので黙って忍足の話を聞いた。

それに話している間に跡部も忍足も先ほど気まずい空気が漂っていたことなど忘れ去っていた。

 

こんなゲームの真っ只中だというのに、二人は腹がよじれるほどに笑った。

 

 

それは不思議な空間だった。

 

忍足と、こんな風に笑いあったことなど初めてかもしれない、と跡部は今更のように思った。

そしてこんな状況になるまで素直な自分を出せなかった自分たちを馬鹿だなと思い跡部はふっと笑みをこぼした。

 

 

「ほんで、俺ずっと跡部のホクロって取り外し可能やと思ててん!マジうけるわ〜自分でうけるわ〜」

「うぜぇ。テメェの眼鏡こそうさんくせぇことこの上ねぇ。」

「だってこれ伊達やしな」

「ハッ、俺様をからかうのは十年早ぇんだよ」

「いやいやマジで伊達やから」

 

忍足の意外な事実に跡部が目を丸くしていたそのときのことだった。

 

 

 

 

「楽しそーにやってんじゃん」

 

 

 

突如場に割って入ってきた低い声。

二人が一斉に声のした方向に目をやるとそこにはそんな男らしい声とは似つかない、おかっぱ頭の小柄な少年が立っていた。

 

 

「岳人・・・」

「よう、侑士。久しぶり!」

 

木にもたれかかったまま、少年・・・・・・向日岳人は軽く片手をあげ明るい声で言った。

そして向日は忍足から隣りにいる跡部へと視線を移すと、また忍足へと視線を戻した。

 

 

忍足は向日と視線を合わそうとしなかったが、向日はにやりと笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「侑士・・・・・・頼まれたことはみんなやったぜ。交換条件、成立だろ?」

 

 

「あん?交換条件・・・・・・・・・何のことだ」

 

 

跡部は話の筋がまったく見えず、割り入った。

向日は跡部を一瞬ちらりと見たが、跡部の言葉は無視し、話を続けた。

 

 

 

「なあ、どうせ残り3人なんだよ、腹決めろって」

 

忍足の表情は、跡部からは伏せた顔のせいでよく見えなかった。

 

 

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それは、まだゲームが始まって間もない頃。

自分の名前が呼ばれ、恐怖と戦いながら分校を出た。

 

あのときの俺はどうしようもなく弱かった。

きっとあのままの俺ならば数時間のうちに誰かに殺されていただろう。

 

 

でも、支給武器がマシンガンだったこと、そしてアイツに出会えたこと・・・・・・・・・たったそれだけで、俺は強くなれた。

 

 

 

「岳人」

「!?誰だ?!」

 

分校を出て三十分ほど経ったとき突如俺に掛けられた声。

俺はその声に反応しマシンガンを構えた。

 

構える手はごまかしようもないほどに震えていたし誰が出てきても撃つ気なんてさらさらなかったけれど無いよりはマシだろうと思った。

 

 

「俺や、俺。」

「・・・・・・ゆーし!」

 

ほっ、と息をついた。

なぜなら、そこに居たのは俺がこの世で一番大切で、この世で一番好きな人だったから。

 

こんな状況でも、忍足侑士、その人だけは信用できたから。

 

 

「岳人、お前それ・・・・・・説明書読んだんか?弾入ってへんやろ、しかも安全装置もはずしてへん。撃てへんのバレバレやん・・・威嚇にもなってへんし」

言って侑士は俺の震える手とマシンガンを指差し苦笑した。

 

 

「うっ、うるせ、くそくそゆーし!俺はこんなもん無くても勝てるってことなんだよ!」

俺が懸命に説明をしたけど、侑士は「ボケボケやん・・・・・・こんな状況やのに」だとか言ってしばらくずっと笑っていた。

 

 

 

 

「で、ゆーしこれからどーすんだよ」

 

 

俺は、そう聞いた。

一緒に行動してほしい、そう思いながら。

 

でも反面、侑士は跡部を捜すんだろうと思った・・・俺の気持ちを侑士は知ってたけど、侑士の気持ちも俺は知ってた。

侑士は俺が侑士を好きなのと同じくらい跡部のことが好きだった。

だから、今からきっと跡部を捜しに行くんだと思った・・・・・・でも、跡部が見つかる迄だけでも俺は侑士と一緒にいたいと思った。

 

そして侑士の答えは俺の予想通り。

 

 

 

「跡部を捜す」

 

「そ・・・・・・か、じゃあ、俺も一緒に捜す!!いいだろ?跡部見つかったら、ちゃんと離れるし」

「あかん」

 

「二人の方が効率いいじゃん、何でダメなんだよ」

「あかん・・・・・・せやけど。」

侑士はそこで一旦言葉を切った。

 

「岳人・・・・・・・・・お前には・・・・・・頼みがあるんや」

 

そう言って俺の瞳を覗き込んだ侑士の顔は俺でもたまにしか見ない真剣な顔だった。

俺は、思わず生唾をのんだ。

 

 

「な、・・・何?」

「こんなこと頼めるん、岳人しかおらへん・・・」

 

「だから、何だよ?」

 

侑士は次の言葉を発するのに、物凄く時間がかかった。

その空白の時間には侑士の物凄い葛藤があったんだろう。

 

そして侑士は物凄くつらそうな顔をして言った。

 

 

「殺してほしいんや。」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

「俺が跡部を見つけ出すまで・・・・・・他の奴等を、殺してほしいんや」

 

 

「・・・・・・それって・・・」

「最低なことやて解ってる、こんな他の奴等の命を無駄にするようなこと・・・・・・せやけど」

 

 

 

 

「せやけど、俺は跡部を優勝させたい・・・」

 

侑士は俺の目を見ずに言った。

その表情は、さっきよりもずっとずっと苦しそうだった。

こんなにつらそうなカオをした侑士は初めて見たから、それほど侑士の気持ちは重いんだと俺は思った。

 

 

「氷帝も・・・・・・・・・宍戸たちも殺せってことか・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

侑士はそこで黙り込んだが、ゆっくりと首を縦にふった。

そしてそのままうな垂れた。

 

 

俺はそんな侑士が居た堪れなくなった。

 

 

「・・・・・・・・・わかったよ」

俺は、手のマシンガンを強く握りながら言った。

 

 

「殺ってやるよ、俺が。一人残らず。」

侑士の顔が少しだけ明るんだ。

 

 

「でも・・・・・・条件が一つある」

「何や・・・?」

 

「跡部見つけて、残り3人になったらその時は。侑士、一緒に死んでくれ」

 

俺は侑士と一緒に居れるなら、一緒に死ねるならそれでよかった。

俺はやっぱり何処かで跡部に嫉妬していたんだ。

どれだけ頑張っても俺は侑士の友達以上にはなれない。

それに俺が望んでいたのは、もとより侑士と一緒に死ぬことだった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「跡部優勝させるならそれしかねえだろ?」

「・・・・・・わかった」

 

こうして、俺達の交換条件は成立した。

 

 

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「跡部、ちょお岳人と話してくるから此処で待っとって」

「あーん?テメェこの俺を待たせるとはいい度胸だな」

「堪忍!!!!!ホンマに、これが最後やから!」

「・・・・・・・・・勝手にしろ」

 

 

忍足は俺の方を悲しげに見ると岳人の肩を叩いて森の奥へと去っていった。

 

俺はどうしようもない胸騒ぎを覚えたが、忍足を追いかけることはしなかった。

俺のプライドが、そんなことは許さなかった。

 

 

前後を数秒しか空けない2発の銃声が聞こえたのはそれから15分ほどしてからのこと。

 

この島で銃なんてモノを操れるのは俺以外には二人しかいない。

俺は、忍足たちが行った方向へと足を進めた。

 

 

 

その空間に、俺は近寄れなかった。

 

 

眉間に風穴をあけ、倒れる二人。

その周りは小さく血の水溜りができていて。

 

二人は目を閉じて安らかに眠っていた。

 

 

 

 

「忍足・・・・・・・・・岳人・・・?」

 

俺は二人の名を呟いたが、二人とも微動だにしない。

 

 

 

 

「死んだ・・・の・・・・・・か?」

 

その問いに答えるかのように、大きすぎる音で明るい交響曲が島中に響き渡った。

 

「さあ、最後の放送ですよ。死亡者確認、3年忍足侑士、同じく3年向日岳人。この二人はほぼ同時刻に死亡してますね、そして優勝者は跡部景吾君!おめでとうございます!分校は禁止エリアから外されましたので戻ってきてくださいね」

そこで放送はプツリと途切れた。

 

 

 

「優勝・・・・・・?」

 

俺は、忍足の死体を見下ろした。

忍足は安心したようにも見える表情を浮かべていた。

 

 

 

「お前・・・・・・・・・何してんだ」

 

忍足からの返答は、もちろんない。

 

 

 

 

「泣いてなんてやらねぇからな」

 

 

泣いてやらない、絶対に泣くものか。

 

俺のプライドにかけて・・・・・・・・・、

 

 

「プライド・・・・・・?」

 

 

何よりも高く、何よりも誇らしいものであるはずだった俺のプライド。

 

それが、今はどうだ?

 

プライドが何か役にたったか?

 

忍足を生かすことができたか?

 

 

 

答えは、NOだ。

 

 

 

プライドにこだわりさえしなければ、忍足は生きれた、俺は忍足を止めることができた。

 

 

「・・・・・・・・・くだらねぇ・・・」

 

本当に、くだらないプライド。

俺の頬に一筋の涙が伝う。

 

 

 

「俺は・・・・・・お前と一緒に死にたかった・・・」

 

隣りで死んだ岳人が羨ましくて仕方がない。

 

 

この気持ちを、忍足が生きていたときに伝えていたら、結末は変わっていただろうか?

忍足は一緒に死んでくれただろうか?

忍足の隣りで死ぬのは俺になったのだろうか?

少なくとも、俺を一人残して逝くことはなかったのだろうか?

 

 

お前が俺を愛していたなんてこと、解っている。

お前なりに、考えた結果がこれだってことも。

俺を生かそうとした、その気持ちも解っている。

 

俺にとって、生きることが忍足の気持ちを無駄にしないこと・・・・・・そんなこと、わかっている。

 

 

 

でも、それでも俺の脳は、くだらない意地さえ張らなければ、今頃天国で笑い会えたのだろうかだとか、くだらない想像を繰り広げるわけで。

 

 

 

「俺は・・・・・・これからどうすればいい?」

 

プライドなんて捨ててやる。

だから・・・・・・・・・答えを、くれ。

 

 

一人残された俺に残ったのは、とてつもない後悔だけ。

 

 

 

〜END〜

 

 

 

PC初のキリ番報告、6000番を舞さんに踏んでいただきました!!

リクエストは「バトテニで岳→忍跡」ということで、書かせていただきました。

跡部を格好よく書くのは難しい・・・・・・と改めて実感しました。

結局、一緒に死ぬのが幸せなのか優勝するのが幸せなのかなんてその人の気持ち次第ですよね。

まとまりのない話でスイマセン(汗

舞さん、キリリクありがとうございました!!

 

 

 

 

 

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