すすり泣き
プルルルルル
深夜だというのにけたたましく鳴り響く電話。
目覚まし時計の時刻を見ると、丁度1時をまわったところ。
母かもしくは姉が出るだろうと高をくくっていたけれど、もう電話がかかってきて1分以上も経つというのに誰も出る気配はない。
きっともう熟睡しているのだろう。
母を起こすことも考えたが、その手間よりこの電話に出た方が早いと思い、俺はベッドから出た。
片足を布団から出すと外気にさらされ、ひんやりとした感触。
急に立ち上がると一瞬立ちくらみに襲われる。
頭に手をあて、頭痛がおさまるのを待って、俺は受話器へと向かった。
深夜の家に、ぺたりぺたりとはだしでフローリングを歩く音は、何だか少し不気味だ。
この電話のコール音ではきっと、電気屋の仕事用の電話ではなく、家用の電話だろう。
まだ眠い瞳をこすりつつ階下へと歩をすすめると、電話の音は突然ぴたりと止んだ。
・・・・・・何だよ。
こんな非常識な時間帯に、2分以上も電話を鳴らし続けやがって・・・・・・・・・全く持って迷惑だ。
そう思いつつも、せっかく階下へ降りたのだからついでに麦茶を飲むことにした。
コップにお茶を注ぐ音と、時計の針が動く音のみが響く。 ガラスに映る電化製品が並ぶ家の中は自分の家ながら少し不気味だ。
お茶を飲み終えると、少しひやりとした空気が漂った。
プルルルル
プルルルル
そんなとき、またけたたましくも電話のベルが鳴った。 幸い、今度は電話は目の前にある。
ディスプレイには『非通知』という文字が点滅している。 俺は少し躊躇して、ごくり、と唾を呑んでから受話器をゆっくりと取った。
「・・・・・・・・・はい、・・・・・・もしもし?」
こんな時間にかけてくるような奴だ、きっとろくな奴じゃないに違いない 俺の声には不審な色が浮かんでいた
「・・・・・・・・・ひっく・・・っく・・・」 「・・・・・・もしもし?どなたですか?」
受話器から聞こえてきたのは、赤ん坊とも思える『すすり泣き』。
やっぱりろくな奴じゃなかった。 一応対応はしてみたけれど、相変わらず電話の相手は泣き止む様子を見せない。
だんだんその泣き声に苛立ってきた。 明日は学校だってあるし、俺はそんなに暇じゃない。
「もしもし?切りますよ?」 「・・・・・・・・・・・・っく・・・」
ガチャリ 受話器を置くと俺は深いため息をついた。
・・・・・・・・・なんだったんだ、今のは。
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「へぇーそらおかしな話やな」 「だろー?しかも、今日の朝家族に聞いてみたら誰もそんな電話聞いてねえ、ってさ」
次の日、登校した俺は忍足侑士に会うなり、その話をしていた。 侑士は眼鏡を拭きながら話を聞いていたけれど、俺の話が終わると眼鏡をかけて神妙な顔をした。
「それって・・・・・・・・・アレちゃうん?死んだ赤ん坊の霊とか・・・」 「や、やめろよ侑士。それに、赤ん坊にしては低い声だったような・・・」
「やっぱりそういう変質者なんちゃう?」 「う゛−やっぱそう?」
俺はそういいつつもどこかで納得できずにいた。
ただの変質者、そう思いたいけれど昨日電話を置いてからというものあの『すすり泣き』が耳から離れない。
・・・・・・なんだろう、何か知っているような・・・・・・何処かで聞いたような声。
気になって仕方なかったけれど、そんなことは授業が始まると同時に頭の隅に押しやられていた。
「・・・・・・だから国語は嫌いなんだよ!」
俺は国語の教科書を片付けながら悪態をついた。
今日はよりによって最初の授業が国語だった。
選択肢のあいまいな科目は嫌いだ。 俺にしたらあんな文法とか主人公の気持ちとかが解らなくても十分生活していけるのに。
「まあまあ・・・・・・そう言うなや。次体育やで」
「・・・・・・侑士はいいよな・・・出来るんだからさ。変な日本語使うくせに」
俺はそんな侑士を横目で恨めしそうににらむと、あからさまに傷ついたような顔をする侑士を置いて体操服に着替え始めた。
「なあなあ、このあたりさ、最近通り魔多発してるらしーぜ」 「あー聞いた聞いた、それさ、アレだろ?目を抉り取って鼻を沿いで唇を剥ぐってやつ・・・・・・。残酷だよな」 「マジで・・・考えただけでも気持ちわりーぜ」
よくこんなうわさで盛り上がれるもんだ、と心の中でため息をつきつつ俺は着替えを終えた。
侑士は侑士でこの前みたラブロマンスの映画がどーだこーだとか言ってるし・・・。
つまらない。
何だか今日は気分が乗らない。
いつもなら、こんな他愛の無い会話に楽しく入っていけるのに、今日はただの傍観者だ。
でも次は体育だ、とテンションを無理やりあげて俺は侑士と一緒に校庭へ出た。
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今日一日、何だかすごく長かった。 時間の流れが遅かったように感じる。
「じゃあな、岳人!」 「さようなら、向日先輩」
一緒に帰っていた宍戸と鳳に手を振り、俺は通いなれた家路を歩き出した。 外はもう暗く、空気もひんやりとしている。
街頭の微かな明かりを頼りに、俺は家を目指して歩いた。 部活の後なので必然的に歩みも遅くなり、なかなか家に着かない。
ほんと、こんなに長い一日は初めてだ。
改めてそう思ったとき、突然目の前を何者かによって塞がれた。
「・・・・・・!?うっ・・・!」 頭に鈍い衝撃を受け、俺の意識は停止した。
目を覚ましたとき、一体ここが何処なのかわからなかった。
ただ、目の前には乳白色の世界が広がっていた。
明るい・・・・・・? いや、違う。明るくはない。
何気なく手を動かしてみると、正常に動いた。 けれど、乳白色の世界に、俺の手はうつらなかった。
手をゆっくり動かして、顔を触ってみる。 瞬間、驚いた。
顔一面に広がるぬめりとした生暖かい液体の感触。 そして気づいたこと。
眼球がない。 鼻がない。 口がない。
俺の顔はまさにのっぺらぼうだった。
俺は声は出さなかった、否、出せなかった。
視覚や嗅覚、話す力を失った代わりに、俺は痺れるような顔中に広がる痛みを得た。 もがこうにも、叫ぼうにも、どうにもならない。
幸い聴覚だけは失われていなく、風の轟々という音がやたらに大きく聞こえたけれど、それ以外は何の音もしない。
助けてくれ
誰か
痛い 痛い痛い痛い 怖い 怖い怖い怖い
その時俺に余裕なんて言葉、まったくなかった
余裕があったのなら、ああ、俺はあの通り魔にやられたんだ、だとか、目って見えなくなっても真っ暗じゃなくて乳白色なんだな、だとかいろいろ思うことがあったはずだから。
助けが欲しくて手を伸ばしてみたけれど 硬い石のコンクリートのような感触しかしなかった
タ ス ケ テ
とてつもなく怖かった
誰でもいい、誰でも・・・・・・・・・
手を滅茶苦茶に振り回していると、指の先が何か硬い物に当たった
藁をも掴む思いで恐る恐るそれを引き寄せ感触を確かめる。 触った瞬間、俺はすぐにそれが何だかわかった。 同時に、助かった、と思った。
それは、携帯電話だった。
急いで、番号を間違えないように自宅の番号をプッシュする。
プルルルル
誰か
プルルルル
誰でもいい 早く!
プルルルル
早く出てくれ!!!
今の時間が何時なのかは知らないが、誰一人として電話には出なかった。 番号を間違えたのかと思い、一度電話を切ってもう一度番号をゆっくりとプッシュする。
ボタンを・・・間違えないように・・・・・・1つ1つ正確に・・・・・・
頼む
誰か・・・・・・誰でもいいんだ
プルルルル
プルルルル
「・・・・・・はい、・・・もしもし?」
思わず、手が止まった 電話に出たのは、『俺自身』
それも、昨日の俺と同じ状況・・・・・・
そして、「助けて」と言おうとした俺の口から出た叫びもまた。
昨日電話で聞いた、『すすり泣き』だった
〜END〜
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