きっかけは、些細なことだった。

 

 

関東大会、青学の偵察のため氷帝戦を見に行った。

 

「おっ赤い髪なんてお前以外にいねぇと思ってたんだが・・意外にいるモンだな。しかも、髪型も微妙に似てるし・・ククッ」

 

隣りでそうジャッカルが笑うから、見てみるとワインレッドの髪をなびかせながら小柄な選手が跳んでいた。

俺は、その空へも届きそうな姿に、見入ってしまっていたのかもしれない。

 

 

 

「なあ、アイツなんて名前だ?」

 

 

 

 

狐の入り

 

 

 

 

そいつの名前は向日岳人というらしかった。

 

 

一瞬女と見間違うような容姿。

軽やかなプレースタイル。

綺麗に切りそろえたおかっぱの髪。

 

その全てがあの日以来俺の頭に焼き付いて離れない。

 

 

目を閉じれば浮かんでくるのはあの日の向日のプレー。

試合は負けてしまったけれど、羽が生えたようなプレー、そして、負けたあとベンチで涙を堪えていた様子は、俺の心に深く残っていた。

 

 

 

俺は向日と話がしてみたかった。

あんなに楽しそうにダブルスをするあいつがどんな気持ちでプレーしていたのか知りたかった。

 

だから、何でも面倒くさいと思いがちな俺があの日わざわざ氷帝に足を運んだのかもしれない。

 

 

 

 

 

「テニスコート教えろぃ」

「・・・・自分、立海の丸井ブン太ちゃうん?」

 

無駄に豪華な氷帝の門をくぐったところで適当に見かけたやつに声をかけると、長髪で丸眼鏡をかけたそいつは俺のことを凝視した。

 

 

 

「あ。お前」

そいつのことは俺の記憶にも鮮明に残っていた。

 

忍足侑士、向日のことを調べるついでに調べてもらった奴。

他でもない向日のダブルスパートナーで、あの日の試合でも嫌というほど信頼関係を見せ付けられた気がした。

 

 

 

「へぇ、知っとるもんやな。今日は偵察か?」

 

 

『偵察』

あの日氷帝は青学に敗退して、全国へは進めないことになっていたのだが、東京都の推薦で突如全国大会への出場が決定した。

だから、忍足は『偵察』という言葉を口にしたのかもしれない。

 

 

 

「んーまあそんなとこ」

「正直でええな、コートはこっちや」

 

断られるかと思いきや、忍足は親切にもコートまで案内してくれた。

 

 

 

さすが名門私立氷帝学園・・といったところだろうか。

中学校とは思えないほどのコートの広さ、設備も充実していた。

 

 

 

「どや・・・氷帝は?」

「んーまあ、施設だけは馬鹿でかいな、流石に」

「褒め言葉として受け取っとくわ」

 

 

 

 

 

「遅ぇーぞ侑士!早くしろ!!!!!」

 

遠くから聞こえた声に思わず胸が高鳴った。

・・・・アイツだ。

 

 

 

向こうにぴょんぴょんと跳ねているワインレッドの髪の少年。

俺にはすぐにそれが誰かわかった。

 

 

忍足は「堪忍!岳人」と言いつつ、少し歩く速度を速めたから俺も自然に足を速める。

 

 

 

 

 

「・・・ったく、何分待ったと思ってんだよ!!!・・・・ってアレ、誰?侑士の友達?」

ぴょんぴょん跳ねながら怒っていた向日だったけれど俺の存在に気づくと跳ぶのをやめて不思議そうな顔をした。

 

 

「アホ。お前知らんのか、立海のダブルスプレーヤー、丸井ブン太や」

「あ・・・?あーー・・あっ!!そうそう!ジローが言ってたやつのことか!!!!」

「・・・・やっと思い出したんか」

「おう!・・・・で、立海のやつが何の用なんだよ?」

 

 

向日はそう言うと少し敵意の混ざった瞳で俺を見た。

大きな瞳が俺を捉える。

 

俺は平静を装うためにガムを膨らませた。

 

 

 

「お前さ、ボレーやらねえ?」

「・・・は?」

 

向日は突然の誘いにきょとんとした顔をした。

それもそのはず、ほぼ初対面の相手に突然こんなことを言われたのだ。

 

俺自身どうしてこんなことを言ったのかわからない。

でも、もしかするとこれは、上手く利用すればコイツと接点ができるかもしれない。

 

 

 

「俺が教えてやるよ。前衛の極意。」

「何でお前がそんなこと言うんだよ」

 

向日は明らかに不審な表情を浮かべている。

俺のことを凝視して、俺の真意を探ろうとでもしているようだった。

 

俺はそんな視線は軽くかわしてニヤリと笑って言った。

 

 

「お前ら、全国大会2回戦でまた青学と当たるだろぃ?・・・・だったら、キッチリ潰しといた方がいんじゃね?お前にとっても、俺にとっても」

「・・・・・・」

「悪い話じゃねぇと思うんだけど」

「悪いけどお断りや」

 

突然割り込んできた低音の声。

コイツの存在を忘れていた。

 

氷帝の天才、忍足侑士。

忍足は先ほどまで浮かべていた柔らかな表情を一転、厳しげな視線を俺に向ける。

 

 

(おーこわっ)

 

 

整った顔立ちなだけに睨まれると結構怯む。

だけど、俺は退いたりしない。

 

 

 

「・・・んあ?何で。俺、向日に話してんの。」

「悪いけど俺ら氷帝はもう負ける気はあらへん。岳人と俺は、そう約束したんや」

 

 

あ  

今の

ちょっとズキッときた

 

 

んだよ、その言い方。

わざと?

俺たちは仲がいいですよーって、見せ付けてるわけ?

わざとじゃねぇなら 

もっとたちが悪りぃけど

 

 

 

「おい、忍足!跡部が呼んでるぜーー!!!」

「今行くわ!」

 

タイミング良く帽子の野郎が忍足を呼んだから忍足は俺から視線を外した。

 

 

立ち去る際に、忍足は俺をもう一度睨むと、「遅うならんうちに帰りや」と言って走っていった。

一見柔らかな物腰のその言葉にどれほど刺があったか。

 

 

 

 

俺はしばらく忍足の方を見ていたが、忍足がこっちを振り返る気配はなかった。

 

 

「おいっ丸井!」

突然声をかけられた、声の主はもちろんアイツ。

 

 

 

「・・・・あ?何だよ」

「話はまだ終わってねえだろ!俺、やるよ。」

「?!」

 

 

「や る っつってんだよ!・・・・侑士はああ言ったけどさ、決めるのは俺だし」

 

 

「・・・・そっか。それじゃあ特訓期間は明日から全国大会2回戦まで。OK?」

「おう!」

 

その笑顔が紛れもなく俺に向けられたものだと思うと、嬉しくてたまらなかった。

 

 

 

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毎日の練習が楽しくてたまらなかった。

 

俺はアイツを岳人と呼ぶようになり、アイツは俺をブン太と呼ぶようになった。

 

 

 

岳人の明るい性格のおかげか、俺たちはすぐに仲良くなれた。

 

テニスの話題だってしたし、テレビの話題、お笑いの話題、それぞれの学校の話題・・・・話題はつきなかった。

岳人は何でもおもしろおかしく話して、俺は笑った。

何気ない話が全て楽しかった。

 

 

 

ただ、その中で俺が余りして欲しくない話題があったとすればそれは『忍足侑士』。

だが俺の願いとは裏腹に岳人がよくする話のベスト3にその話題はランクインしていた。

 

今日の朝の忍足、部活であった忍足のこと、忍足と映画を見に行ったこと・・・・・聞きたくもない話だったけれど、岳人があまりに楽しそうに話すから、俺は笑って聞いていた。

 

 

 

 

 

ある日岳人は俺に言った。

 

「なあ・・俺が何でお前に特訓受けようと思ったか知ってるか?」

「んー?強くなりてーから・・じゃねえの?」

 

 

「・・・まあ、確かにそれもある。けど、それだけじゃない。侑士に迷惑かけたくなかった。関東大会は俺のせいで負けた。だから、全国では必ず借りを返す!!!」

 

その時俺は岳人を応援したくなる気持ちと、何故岳人のパートナーが俺じゃないんだという気持ちが入り混じって複雑な気持ちになった。

 

 

 

『忍足侑士』が原因で、俺と岳人がここまで仲良くなれたんだ、ということも癪だった。

思えば、あの日門からコートまで案内して、俺と岳人が会えたのも『忍足侑士』のおかげ。

 

 

 

岳人のことを考えると絶対に出てくる存在。

鬱陶しくてたまらない。

 

アイツと岳人なんて、引き離されちまえばいいのに。

 

 

 

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2回戦が間近に迫ったある日、岳人は練習場所に来なかった。

ケータイも何度かけても通じない。

 

こんな事は初めてだった。

 

 

 

いてもたってもいられず氷帝の門の前まで行くと驚くほど簡単に岳人は見つかった。

門の前で、ジャージのまま立ち尽くしていたからだ。

 

 

 

「岳人」

「・・・・・・・・」

 

呼びかけても返事はない。

けれど無視しているようでもなく、本当に俺の声が聞こえていないかのようだった。

 

 

 

「おいっ岳人!!!」

「・・・・・え?あ、なんだブン太か」

 

 

岳人はそう言うなりまた黙り込んだ。

岳人の表情はいつになく暗く、俺はかける言葉が見つからなかった。

 

 

 

しばらく、息苦しい沈黙が続いた

 

 

 

 

「なあ岳

「俺、ゆーしと組めないんだって」

「?!」

 

 

「全国大会。青学戦。侑士はシングルス、だってさ。笑っちゃうよなホント」

「・・・・」

 

岳人はそう言って自嘲気味に笑った姿がすごく弱弱しくて痛々しかったものだから、俺は何も言えなかった。

 

 

 

「俺はダブルスしか出来ないからさあっ・・・?・・・・ダブルス専門、なんて言って馬鹿みたいだ。侑士はちっともダブルス専門なんかじゃなかったのに。ほんと・・・笑える・・ぜ」

口ではそんなことを言いつつも、岳人の瞳からは涙が流れていた。

 

 

「ばーかお前泣いてんじゃん」

「・・・泣いてねえよっ・・・雨・・・じゃん」

 

その日は晴天で、雨なんて一滴も降っていなかった

だけど、俺は都合よく今日は雨だと思い込むことにした

 

 

 

 

「あーほんとだ、こういうの狐の嫁入りってんだっけ?」

 

岳人は、俺の隣りで泣きじゃくった。

 

 

俺はそんな岳人をただ見ているだけしかできなかった。

 

 

下手な言葉をかければ、傷つける。

かと言って、このまま放っておくこともできない。

実に、無力。

 

 

 

 

空を見上げるとホント、嫌になるくらいの晴天。

あー空ってでかいなぁ、なんてそんなことを思っていると遠くからこっちへ向かって走る足跡が聞こえてきた。

 

 

 

足跡の正体は、『忍足侑士』だった。

 

 

「・・岳人!岳人!?・・・・岳人!こんなとこにおったんか!探したやんか!」

「・・・・・っくゆー・・し?」

「堪忍。俺、シングルスでなんか出るつもりない!一緒に監督に頼みに行こう、な?」

 

「・・・・・!いーよ、侑士・・・・シングルスで出れば」

「俺は岳人とダブルスでやるって決めたんや」

 

 

忍足は泣きじゃくる岳人に優しく声をかける。

 

こんな言葉、俺にはかけられなかった。

否、かけたところで俺とコイツじゃ効果の違いは歴然。

 

 

何だよ、この差。

どうしようとも、埋められない。

 

 

忍足がふと俺に気づいて、さっき岳人にかけた声とは裏腹の、刺のあるで言った。

 

「何や、ジブンまた来とったんか。」

「・・・・もう帰るよ、・・・・じゃあな」

 

 

 

岳人はきっと引きとめようとしたのかもしれない、だけど俺は振り返らなかった。

振り返れば、歴然とした差を見せ付けられて悲しくなるだけ。

 

 

俺は、何をしたって『忍足侑士』には勝てないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、雨が降ってきた。

空を見上げると、相変わらず晴れ。

 

 

「狐の・・・・・・嫁入りか。」

 

 

 

神様狐様。

この雨に免じて、今日くらいは泣く事を許してください。

 

 

青空の下、俺は思いっきり泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

〜END〜

 

 

 

 

 

 

 

 

ひな壇さん、2800Hitありがとうございました。

「岳←ブン切ない」というリクエストでした。

ブン岳大好きですが、リクに切ない系とありましたので忍岳←ブンという形にさせてもらいました。

いつか甘いブン岳も書きたいです・・・・。

狐の嫁入り、私はよく出くわします。

最近私の小説泣くシーンばかりのような・・まあ、涙なしに悲恋はないんです私の中では(笑)

ではでは、ここまで読んでくださった方々、そしてリクしてくださったひな壇さんありがとうございましたvv

 

 

 

 

 

 

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