08.笑って、笑って、いつか笑顔で会えるように
ゲームが始まって、不安で不安で仕方なかったとき、アイツを見つけた。
ディバックを軽々担いで、まるで危機感なしに歩いている。危なっかしくてしょうがねぇ。
俺はその後姿を見た瞬間、迷わずアイツに近寄ることを決めた。
自分でも危ない行為だと思うけど、アイツは絶対ゲームに乗ったりしないやつだと思っていたから。
アイツは、馬鹿がつくくらいにお人よしで、いつも貧乏くじばっか引かされてたようなやつだけど、俺の親友で大事なパートナーだったから。
アイツの姿を見つけたとき、何故かこのゲームが怖くなくなった。
いつもの天才的な俺で居られた。
「よっ!」
明るく声をかけ、肩をたたくとアイツ・・ジャッカルはかなり驚いた。
「うわっ・・・なんだ、ブン太か。」
「何だってことはないだろぃ。せっかく声かけてやったのに。」
「お前なあ・・・普通なら殺されるぞ。」
ジャッカルはあきれて俺を見た。
こんなやりとりもいつもの光景で。
いつもと変わらないジャッカルに安心した。
「無理だろぃ?ジャッカルには。」
「はは・・どうかな。」
ジャッカルはいつもみたいに優しく笑った。
俺はジャッカルのこの笑顔が結構好きだったりする。
少し苦笑の混じったような笑顔だけど、なんかあったかくて心地よくなるから。
本人には絶対言ってやんねぇけど。
俺たちは森の中を歩いた。
こんなゲームの真っ只中だというのに、ジャッカルがいるというだけで全然怖くなかった。
いつものように他愛のない会話をした。
ほとんどずっと俺が喋ってて、ジャッカルは相槌程度か会釈を返すくらいだったけど、俺は安心しきって話していた。
ずっとジャッカルの方をろくに見ずに、ただ夢中に。
だから、ジャッカルの表情の変化にも気づけないでいた・・・・・。
「それでさぁ・・・・だったよなぁ、ジャッカル。」
「なあ・・・ブン太。」
「・・・え?」
ジャッカルから俺に話しかけてくるなんてことは珍しかったから驚いて反応に遅れた。
ジャッカルは一呼吸置くと低い声でこう言った。
「お前・・・・・いつまで俺と行動するつもりだ?」
その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
やっと理解したとき俺は「冗談だろ?」と。
そう、笑って言い返すつもりだった。
でもジャッカルの顔を見た瞬間そんな言葉は引っ込んだ。
そんな顔、試合でも見せねぇくせに。
今までに見たことのないくらい真剣なジャッカルの顔。
こんなマジなジャッカルの顔、初めて見たから俺はかなり怯んだ。
こんな険しい顔ができるなんて、知らなかった。
俺にはジャッカルが決して嘘や冗談でこの言葉を言っているとは思えなかった。
ジャッカルは俺と一緒に行動したくないのか?
迷惑なのか?
そんな疑問で頭がいっぱいだった俺の沈黙を、ジャッカルはどう受け取ったのか知らないがこう続けた。
「はっきり言ってさ・・・生き残れるのって一人だろ?二人で行動しても邪魔だろ。迷惑なんだ。」
そう告げるジャッカルの横顔がとても冷たかった。
先程までの真剣な横顔、そして今の氷の様な表情。
それが以前のあったかいジャッカルの笑顔とあまりにかけ離れていたから。
ジャッカルは人の悪口も言ったことがないような奴だったのに。
そんな優しかったジャッカルが告げる言葉だったから、とても重くて、俺の胸に響いた。
胸が詰まって、息をするのが苦しくなった。
涙が出そうになるのを堪えて俺はやっとのことで言った。
「前から・・・そう思ってたのか?」
喉が締め付けられて、かすれたような変な音が出た。
ジャッカルから返事は来なかった。
代わりに、ジャッカルの顎が縦に動くのが横目で見えた。
それを見ると同時に俺は走り出した。
目からは涙が流れて、頭の中ではジャッカルとの思い出が流れていた。
初めてダブルスを組まされたとき、何でコイツと。と思った。
でも、ジャッカルは優しく笑って、テニスでも俺のフォローをしてくれた。
ジャッカルのおかげで、俺たちダブルスは勝ち進んでこれたんだ。
俺が他人を悪口を言っていると「見た目で判断するのはよくない」と注意してくれたし、ジャッカルが他人のことを「迷惑」だなんて言っていたことを聞いたことがない。
そのジャッカルに迷惑だなんて言われるなんて・・・俺、よっぽどのことしたんだな・・・。
言ってみれば俺とジャッカルは正反対。
教室でも、俺は自ら誰かに喋りかけに行くけど、ジャッカルはただ机に座っているタイプ。
それでもジャッカルの机の周りはいつも賑やかになる。
やっぱりジャッカルの人の良さがにじみ出てるんだと思った。
確かに、ジャッカルをからかったりとか、こんな性格だから試合でポイントを取られたらジャッカルを激しく責めたりした。
でも、ジャッカルがそれをそんなに重荷に思っているなんて・・・・
絶対的な信頼を置いていたパートナーの裏切りは、俺にとって大きかった。
俺は初めて「あたりまえ」の大切さに気づいた。
いつもあたりまえのように隣りで笑っていたジャッカル。
見えないところであたりまえに俺を支えてくれていたジャッカル。
ジャッカルの存在は俺にとって必要不可欠なものになってしまっていた。
脳裏に焼きついて離れないのはさっきの冷たいジャッカルの表情、そして昔のジャッカル。
あまりに正反対で、しかもその原因は俺だと思うとやりきれなくて、涙が出た。
声を出さないでおこうと思えば思うほどに涙は流れてきて。
もう俺がこの世で最も信頼できる人物は、いなくなってしまった。
どうしようもない欠落感が俺を襲っていた。
だが、次第にジャッカルへの怒りも感じていた。
「アイツ・・・いやなら最初からそういえばいいだろぃ・・・・」
いやといえないところがまたジャッカルらしいのだろうが、今の俺はそんなところにまで怒りを感じていた。
そうだ、もうあんなに酷いジャッカルなんて知らねぇ。
さっさと死んじまえばいいんだ。
どろどろとした気持ちとは裏腹に透明な涙は止まらなかった。
「死亡者発表です。」
そんな俺をあざ笑うかのようなタイミングで放送が鳴り響いた。
俺は鼻をすすると、黙ってスピーカーをにらみつけた。
「おや?今回は少ないですね・・まあ残り人数から考えてもしょうがないことなんでしょうか。死亡者一名、ジャッカル桑原くん。」
・・・・?
ジャッカル?
今ジャッカルっていったのか?
まさか・・・俺がアイツと別れたのはほんの数分前で・・・・・・・
!!!!!!
脳裏に巡ったある考えで頭が埋め尽くされた。
我ながら大した想像力だと思う。
だけどその想像は願わくば外れていてほしい。
そんなの、困る。
俺は、間違っていたってのか?
理由が、ほしい。
俺のしたことを正当化する理由が。
走って、さっきジャッカルと別れた位置へ着くと、そこにはジャッカルの死体が横たわっていた。
目は大きく見開き、胸から血が流れ出している。
傷口から見ておそらく鉄砲でやられたんだろう。
そして、ジャッカルは”何か”を握り締めていた。
その何かを見た瞬間、俺はさっきの予想が的中していたことに気づいた。
ジャッカルの手に握り締められたもの、それはガムの包み紙だった。
包み紙には、俺の字で『初勝利!このまま突っ走れ!』と書いてある。
初めて俺たちのダブルスが勝ったとき、二人で何か記念に残そうと書いたものだった。
俺のポケットにも、ジャッカルの字で『初勝利。これからもよろしくな。』と書かれている包み紙がある。
・・・ジャッカルは俺のことを嫌ってなんていなかった。
あのとき、ジャッカルは誰かの気配に気づいたんだ・・・・それで、俺を逃がそうとして。
ジャッカル、つらかっただろ。
お前人に「迷惑」だなんて言ったことなさそうだから。
「ジャッカル・・・・ごめん。」
思えば初めてジャッカルに謝った気がする。
俺はいつも自分のやったことを無理やり正当化していたから。
でも、今回ばかりは。
俺があのとき、ジャッカルの表情の変化を見ていれば。
もっと注意をはらっていれば。
無理やりでも一緒にいることを選んでいれば。
ジャッカルは死ななくてすんだのに・・・・・後悔ばかりが押し寄せてまた涙が滲む。
「お前・・・最後まで、優しすぎだろぃ・・・・・ジャッカル・・・・!!!」
俺は泣いた。
ジャッカルの思い出を忘れたくて、ジャッカルとの楽しい思い出が辛すぎて。
でも、涙を流せば流すほど思い出は鮮明に蘇り、俺は更に涙を流した。
思い出の中のジャッカルは笑っていた。
何がそんなに面白いのかというくらいに。
ジャッカルはふとこちらを見ると、「ブン太も笑え。いつもふてくされた顔してると、天国に行けねぇぞ。」と言った。
俺が「関係ないだろ」と言ってふてくされると「笑った方がいい。俺、天国でもブン太とダブルスやりたいからな。」
ジャッカルは、笑ってそう言った。
「笑ったら・・・・ほんとにお前のトコに行けるのか・・・・?」
無理やり、笑う。
涙で顔がぐしゃぐしゃで、歪んだ笑顔だったけれど。
俺は笑う。
笑って、笑って、いつか笑顔で会えるように。
*後書き*
かなり執筆に時間がかかりました。
ブン太の口調が難しくて・・・!
ジャッカルとブン太はこういう関係であってほしいと思いました。
かけ離れているペアだからこそ、信頼も深いんだと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。
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