俺が誰にも負けないこと。

 

俺が誰にも負けられないこと。

 

 

 

それがテニスだった。

 

 

 

 

02.色いボールとラケットそれが俺の唯一の武器だったのに

 

 

 

 

 

「丸井・・・・どういうつもりだ?」

 

 

できるだけ平静に。

恐怖を悟られないように。

いつもの口調で問いかける。

 

 

 

 

「どーもこーも、こーゆーことだろぃ。」

 

 

丸井は風船ガムを膨らました。

 

辺りにほのかな甘い香りが漂う。

 

 

その様子、立ち居振る舞い、軽い口調もいつもと変わらないが、違うのは唯一つ。

 

 

 

丸井の服に大量の血が付着していること。

 

すでに誰のものかも解らないソレは、時間が経って風化され赤茶色とも何ともいえない醜い色に変色していた。

 

 

 

 

 

「幸村。病み上がりで悪ぃけど、容赦しないぜぃ。」

 

 

丸井はジャージのポケットに手を入れると小さな銃を取り出し肩の高さに持っていった。

 

黒く鈍く光る鉄の塊。

 

 

殺傷力はマシンガンには劣るが、人一人、しかもこの前まで入院していたような男を殺すには十分すぎるだろう。

 

 

 

一方俺の武器はテニスボールとラケット。

 

 

こんな武器が混ざっているとは思わなかった。

 

きっと政府なりのジョークなのだろう。

たちが悪すぎるが。

 

 

 

・・・・比べてみるとまったくふざけるなといった所だろうか。

 

 

 

 

 

 

ちらりと丸井の目を見ると、氷のように酷く冷たかった。

 

 

昔の綺麗な丸井の瞳を思い出す。

 

ああ、あの瞳がこんなにも変わってしまうなんてことがあるのか。

 

 

 

こんなちっぽけなくそゲームにそこまで人は変えられてしまうということがたまらなく悔しい。

 

 

 

 

 

・・・・もう今の丸井には説得の余地もない。

 

 

一瞬説得を考えたが、すぐにそんな考えは捨てた。

 

どうせ今までにも何人かは説得を試みているだろうし、今更俺が忠告したところで丸井の勢いは止まらないだろう。

 

それに、こんなところで犬死はしたくない。

 

 

かといって、テニスラケットで銃に応戦するなんて馬鹿げている。

 

 

 

逃げよう。

 

 

それが最善の選択だ。

 

 

 

 

丸井は今にも引き金を引きそうだ。

 

人差し指は引き金にかかり、あとは撃つタイミングを見計らうだけ、という状態。

 

 

 

 

普通ならもう、逃げれない。

 

せめて綺麗に撃たれて死にたい、と思うやつもいるかもしれない。

 

 

 

でも・・・・・俺にならできる。

これが他校のものならまだし、丸井の実力は把握している。

 

 

 

丸井が引き金を引く瞬間・・・。

 

そこが勝負だ。

 

 

 

しばしのじりじりとした沈黙。

 

辺りには丸井のガムを噛むわずかな音だけ。

 

 

 

 

俺の頬に脂汗が伝う。

 

丸井の目は俺の左胸を凝視している。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

 

今だ!

 

 

 

 

 

 

耳をつんざくような銃声と共に、俺は駆け出した。

 

 

 

 

しかし、走り出して数秒といったところで右腕に鋭い衝撃がはしった。

 

「くっ・・・・・・」

 

 

 

 

弾がかすめたか・・・・痛みのあまり視界が霞む。

 

 

その場にすぐにでも倒れこみたい、そんな気持ちでいっぱいだったがそれでも、走るのをやめるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

後ろに赤い髪がちらつく。

 

 

鼓膜が破れそうな銃声が何発も俺の横や後ろから聞こえてくる。

 

 

 

 

 

俺は狂ったように逃げた。

 

 

もう充分だろうというところに来てまでも走った。

 

 

 

 

 

今更恐怖が止まらなかった。

 

 

丸井の目が、ガムを噛む音が、銃声が、脳裏に焼きついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・・・・ハァ・・・・ハァ・・・」

 

 

俺が足を止めたのはあの場所から数キロ離れた森の中。

 

どうやら民家一帯を横切ってきたらしい。

 

 

 

 

 

足を止めるとドクドク、と激しい動悸。

 

呼吸もまともにできない。

 

 

 

やっぱり入院で筋肉が相当衰えている。

 

以前はこんな距離で息を乱すほどやわじゃなかった。

 

 

 

 

 

第一、迫ってくる丸井の気配に気づかなかったのが一番の油断だった。

 

 

身震いはまだ止まらなかったが、それでも、丸井から離れられたという安心感で少しほっとした。

 

 

 

 

ほっとしたと同時に、思い出したように右腕の激痛が蘇る。

 

走っていたときは無我夢中だったが、今頃になって右腕を負傷していたことを思い出した。

 

 

 

 

 

手当てをしよう、と右腕を見たと同時に俺はとてつもない吐き気をもよおした。

 

 

 

 

 

 

右腕が無い。

 

 

 

 

もしかしたら、とてつもない出血かもしれないとは思っていたが、まさか右腕ごと落としてくるとは。

 

 

 

確かに数時間前までは付いていたはずの右腕。

 

数日前までテニスをしていたはずの右腕。

 

 

 

それが根こそぎもぎ取られている。

 

 

右肩からは血が滴り落ち、俺の隣りに血の水溜りができていく。

 

 

 

 

 

もうテニスができない・・・のか。

 

 

このゲームが始まったときからそんなことは理解していたつもりだが、どうやら俺の脳は右腕を失くすと言う一番解りやすい事態でやっとそのことを理解したようだ。

 

 

 

 

 

とりあえず、傷口を洗い流そうと思いディバックを引き寄せようとした―――――が

 

 

ディバッグもまた、どこかに落としてきてしまったようだった。

 

 

 

 

 

 

右腕つきのディバックを見つけたやつはどう思うだろう?

 

 

誰か俺の腕だと解ってくれるだろうか?

 

 

 

 

 

ディバッグがない、ということは、食料もない水もない、地図もない、何も無い。

 

 

 

唯一の武器、ボールとラケットさえも。

 

 

 

 

 

 

・・・・どうやら神様は俺を相当テニスから遠ざけたいみたいだ。

 

そんなことしなくてももうできないのに。

 

 

 

もう、ラケットを握ることも、ボールを打つことも叶わないっていうのに。

 

 

 

 

思えば俺の人生テニステニステニス。

 

 

テニス漬けの毎日だった。

 

嫌なことがあればテニスに没頭したし、部活の後だって家で壁打ちをした。

 

 

 

時には嫌だと思ったこともあるけれど、それでもやめたいとは思わなかった。

 

 

それほど俺はテニス漬けだった。

 

ある意味、依存していたのかもしれない。

 

 

 

 

俺の人生からテニスを取ったら何が残るだろうか。

 

 

 

友達?

 

違う。みんなテニスでできた友達だ。

 

 

 

勉強?

 

違う。テニスをやるから両立させていただけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

何も・・・・残らない?

 

 

 

 

 

一番望まない答えだったが、一番しっくりする答え。

 

 

俺からテニスを取ったら、何も残らない。

 

 

 

 

 

 

 

「テニス、したいなあ。」

 

 

 

 

 

酷いよ。

 

 

神様。

 

 

俺からすべてを奪ってくなんて。

 

 

 

 

 

 

「黄色いボールとラケットそれが俺の唯一の武器だったのに。」

 

 

 

無力な俺は、このゲームにお似合いだ。

 

 

 

 

 

 

 

*後書き*

悩みました。

誰にしようか、どのようなシチュエーションにしようか・・。

唯一の武器、というからには全国レベルに強い人じゃないと、と思い候補は橘・手塚あたりも挙がっていましたが結局幸村にしました。

自分のすべてと思っていたものが突然なくなってしまう・・・物凄い喪失感だなと思いながら書きました。

無駄に長いストーリーでまとまりがないものになってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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